アイラブユーは君だけさ

だいたいそんな感じ

笑顔で歌うよ


あの日から約5年の月日が経つ。
そのことを突然のように思い出した。

あの夏、普通に出かけていたのにいきなり「NEWSのコンサート行こう!」って誘われたんだった。いきなり過ぎて何の用意もしていなかったし、基本的にいきなり行動するということが苦手なわたしは乗り気じゃないにも程があった。
しかも野外でのコンサート。日焼け止めだって心もとないし、始まるまでは何で急にこんなことになったんだ?と思っていた。それが、あの秩父宮での話。

昔の曲はそれなりに知ってはいたけど、四人になってからの曲は数曲しか知らないし最新のアルバムに至っては聴いたことなかったのに、終わった後は「すっっっっっごい楽しかった!」と思いながら帰った。


10周年記念コンサート、1日しかやらないその公演を観たいという熱意に動かされて、なによりわたしもあの楽しかったコンサートをもう一度!という気持ちがあって東京ドームに向かった。


今となっては記憶も円盤で何回も観た映像に補完されているだろうけども、あの瞬間のことは永遠に忘れられないんじゃないかと思うくらい鮮やかな記憶だ。

「手越担になる」といった声は、自分の発した言葉がなにかわからないというようにわたしには響いていたよ。

 


ガッとハマったかと思うと暫くして熱が引いている、あなたはそういう人だと思っていた。
好きなものには思い切り一直線なのに自分のことに対しては投げやりで、でも完璧主義者で、いつも自分のことを好きじゃないって顔をしていた。
頑固で、自分の考えは頑として変えない。
そういうところを凄いなと思っていたし、もどかしいなとも思っていた。

わたしは人に何かを言えるような人間ではないけど、それでも数年早く生まれてきたのはわたしに似ているところがあるあなたに余計な苦労をさせない為だと思っていた。
だから度々、あなたは必要だよ、ひとりじゃないからそんなに投げやりにならないでと伝えているつもりだった。
それでも頑固なあなたには響いてるように感じなくて、いつかわたしより先に居なくなるんじゃないかって、怖かった。


NEWS担に、手越担になると言った言葉を疑っていた訳じゃないけど、いつも「どうして?」と思ってた。
らしくないよ、って。なんか今までと違うよって。
その感覚は当たっていて、らしくない手越担から時間をかけて今までとは違うやり方で、あなたはどんどん変わっていった。

変わることっていいことも悪いこともあるだろうけど、俄然今までより生き生きとし始めたあなたを見るのは嬉しかった。あの時、手越担になるって決めてくれてよかったなって。


あれから毎年恒例のように、一緒にNEWSのコンサートに行っている。
NEWSというグループの居心地の良さは他担でも感じられるほどで、あなたの影響もあってどんどん好きになっていって。
NEWSとNEWS担の重たい愛の掛け合いが好きで、それを間近に見て、幸せをもらっている感じだった。


コンサート自体もとても楽しいし、コンセプトがあるコンサートを作り込むNEWSの世界観を構築する力には圧倒されてばかりで。


四人とも好きなんだけど、手越くんは特別だった。
その特別っていうのはわたし自身がうちわを持ちたい、というような特別ではない。
わたしの大事なあなたが一番好きな相手だから、特別なんだ。


歌が上手くて明るくて陽気でチャラいけど真面目。
そんな手越くんの声はコンサートの演出の一部と言っても過言ではないくらい、歌うために生まれてきたんじゃないかと本気で思うくらい、素晴らしいものだと思う。
歌手になることを一度本気で目指したことがあるから、あの歌声の凄さは理屈じゃなくて心にくるという事がどれだけ稀有な事か身をもってわかる。
歌声に力があるだけじゃなくて、その声自体が演出まで担ってしまうなんて。
自分自身を隠せないくらい真っ直ぐな声は届く。どこまでも、どんな強固な殻を持っている人間の心にも。


手越くんはあなたの人生の、なにか強く抑圧する殻を、破ってくれる人だった。

 


あなたの頑固すぎて真っ直ぐすぎるところは、手越くんにそっくりです。
だから、なんの理屈も関係なく、あの時のあなたは手越くんを選んだんだなと今なら思える。


去年のツアーで自分自身に向き合ってぼろぼろになっていたあなたが、今年のツアーではしっかりと地に足を付けて手越担としてなんの違和感もなくNEWSを愛することを躊躇っていない。
そんな姿を見て、凄く安心しました。

 

 


自分を大切にすることが出来なくて傷付けて、傷付けている事実にすら傷付いて、真っ直ぐに壊れようとしていたあなたを幸せに変えてくれる手越くんがいてくれて良かった。
ファンからのサプライズを見て嬉し涙を流す手越くんが「幸せだ」と言って、心底嬉しそうな顔して「幸せだよ」と笑うあなたを見て泣きそうになったよ。

 


この世にあなたの代わりはいなくて、わたしにとっては大事な妹で、幸せになって欲しい、幸せになることを諦めないで欲しい人です。
NEWSのコンサートは、コンサートとしてもとても楽しくて幸せなんだけど、わたしにとってはあなたが幸せであることを実感できる大切な場所なんだなぁと、今回のコンサートで実感しました。

 


今年はあれから5年経ち、いきなり連れて行かれたのと同じ野外のコンサートで、またあなたが手越担として目一杯楽しんで生きている姿を見る事が出来たら、こんなに幸せなことないなぁと思う。
「手越担になる」と言って何年もかけて手越担になったあなたと、手越くんと、なによりNEWSが、もっともっと幸せになりますように。

 


ツアーお疲れさまでした!!
君の未来に幸あれ。

 

 

 

君だけの星を探して

去年のわたしはMr.DREAMという曲が大好きで、それ以上にとてもとても怖かった。 
恐る恐る再生して耳にしている時は冷や汗で背中がぐっしょり濡れてしまうくらい緊張していたので、アルバム発売から両手の指で数え足りてしまうくらいにしか聴けなかった。
でも聴いていない間は気付けばMr.DREAMのことを考えてしまうくらいに、ずっと曲について考えていたと思う。
Mr.DREAMは決して怖い曲ではない、むしろ明るくてキラキラしてて、真っ直ぐすぎるほど真っ直ぐな曲だと思う。
曲の提供をしてくださったのがヒロイズムさんなのだから納得である。
そもそもアルバム詳細が発表され、ヒロイズムさんが曲の提供をして下さると読んだ時は本当に本当に嬉しかった。
妹がNEWS担なのでヒロイズムさんの曲には日頃から親しんでいたし、この曲好き!と思うと大体ヒロイズムさんが提供してるということが多かったのもあって、もう絶対に好きなの確定じゃん!ラッキー!って思っていた。
わたしは五関さんに王道も王道なアイドルソングを歌って欲しいと思っていて、今年はそれが叶うかもしれない、否99.9%の確率で有罪が確定…じゃなくて勝利が確定されてるじゃん!と思っていた。
Mr.DREAMという曲名にほんの少しざわつく心を無視しながら。


閑話休題
わたしにはかつて最愛のアイドルがいた。
その最愛を嫌いにならない為にグループからもそのアイドルからも降りて、いつのまにかそのポジションにA.B.C-Zと五関さんが収まったのだけど、それでもわたしにとってそのアイドルが何にも代え難い最愛のアイドルであることは変わりなかった。
これからをファンとして一番近くで見ていたいのは五関さんで、応援していける未来にわくわくしていた。
所謂新規ハイというか、付き合いたてのカップルのアレみたいな、とにかく好きで好きでいることが楽しくて堪らない!というようなそういう期間に足を踏み入れようとした矢先。
わたしの最愛のアイドルが来年の春には死んでしまうということを突きつけられた。
アイドルではなくご本人の人生を生きたいという言葉を残して、むしろそれ以外は何も言わず、わたしの最愛は死んだ。
アイドルとして死んでしまった。
物凄くショックで、正直のところそれ以降の何もかもが現実味がなかった。その発表からもわたしはやっぱりA.B.C-Zと五関さんが好きで、大好きだったけど、何も信じることが出来なくなっていた。
昔から何か辛いことがあると「辛いと思わないようにしよう」としてしまう性格だった為に、辛い!辛い!と叫んでいる心の声を丸無視して「大丈夫大丈夫、もう前しか見てないから!」と言っていた。いや、時々は落ち込んでどうしようもなくなってはいたけれども。でも、ちゃんとその辛さに向き合ってこなかった。
その時から宙ぶらりんの生活が始まったんだと思う。
居場所を違えた元々応援していたグループに思いがけない方法で後ろ髪を引かれながらA.B.C-Zに前へ前へと引っ張られている。
時々自分が今何を観たくて何をしたいのかわからなくなっていた。


話を戻そう。
Mr.DREAMが怖かったのには、その最愛のアイドルと五関さんが同い年だということが根源にあるんだと思う。
30歳になる節目に新しい人生を歩みたいと口にするその最愛を見ながら、わたしの中にその言葉が強く強く刻まれてしまった。
どんなにアイドルとして輝いていても、何かのきっかけでアイドルとして死んでしまう事がある。
それがとても怖かった。
わたしにとってMr.DREAMはその恐怖が具現化したような曲だった。初めて聴いたその時からコンサートで観るのが怖くて堪らなかった。
その時には薄々色々なことが関係して怖いんだろうな…くらいにしか考えられなかったけど、今ならわかる。
わたしはMr.DREAMが五関さんをどこかに連れて行ってしまうような気がしていたのだ。
自担なのでめちゃくちゃ褒めるけどMr.DREAMの演出はアリーナ・ホールどちらのものも最高だった。
最高だから、最高だからこそ、そのままどこかへ、わたしの観ることの出来ないどこか遠くに逝ってしまうんじゃないかと怖くなった。
これは本当に自分でもドン引きなんだけど、参加したコンサート全ての五関ソロでぼろぼろになった。
その演出があまりにも好きすぎたっていうのもあるけど、それ以上に怖くて。
五関さんがあんまりにも楽しそうに踊って、キラキラしながら歌うから、どこにも逝かないでくれ、まだアイドルのステージにいてくれ、どうかずっとそこにいてくれと必死で、一分一秒も見逃せなかった。
今、去年のわたしを振り返ると、きっと押さえつけていた、抑えようとしていた辛さがピークを迎えていたんじゃないかなと思う。
自分の気持ちに、辛さに向き合っていたら、あんなふうに必死に切実に捉えることもなかったのにと。
信じてついていきたいと口にしながら心が伴わずにいるのはとても苦しかった。
それまでにも色々、応援屋の桂馬さんのキャラクターとかにものめり込み過ぎて苦しくなっていて、Mr.DREAMが引金を引いた。
もう二度と愛するアイドルを失いたくないと思うがあまり、自分のキャパシティを超えてのめり込み、神経を尖らせていた。


つい先日、最愛のいなくなったグループが充電を完了しステージに戻ってきた。
そのコンサートで、わたしはわたしの心に向き合うことが出来た。
明日も優しい陽が昇るように - アイラブユーは君だけさ
上記がその時のことを書いたブログ。


わたしはわたしの恐怖と向き合った。
そうして、漸くMr.DREAMをそのままに受け入れて愛することが出来るようになった。
五関さんとMr.DREAMはイコールじゃない、なんてまあ当たり前のことをやっとのことで頭じゃなく心の方で理解出来たという訳だ。


未来のことは何にもわからない。
グループというのは確固たるものではないし、個人としてもアイドルは神ではないので永遠じゃない。ずっとずっとステージにいて欲しいと望むけれど、それが叶うことかどうかはわからない。
ただ、改めて今のわたしがMr.DREAMを聴いて感じるのは、ただただ五関さんがこの先もアイドルでいてくれるという希望だ。

 


叶うこと信じたら、どこへでもいける。
五関さんがそう言うのなら、どこへでもついていきたい。

 

 

 

 

明日も優しい陽が昇るように

 

全てを受け入れて新しい先を見ていると思っていた。
新しいKAT-TUNの、充電完了した姿を見て、楽しい!嬉しい!!ってはしゃぐつもりで、今の三人なら間違いなく亀ちゃんのうちわを持ちたい!と意気揚々、胸に抱えながら開演を待った。

三人の登場を期待に満ちながらステージを見詰めて。
東京ドームを煽る三人は間違いなくKAT-TUNで、過不足なんかひとつもなかった。

 

ただ、わたしは途中から亀ちゃんのうちわを持てない、と思った。


二年前、10ks!を三日間観終えたわたしのなかで、ひとつの結論が出たと思った。
「わたしの見てきたKAT-TUNは、田口がいたところまで。それ以降は、わたしの知らない、また新しいKAT-TUNなんだ」と。

吹っ切れたつもりだった。
結論づけて、納得したつもりだった。

でも、UNIONのキスキスを観て、わたしは突然わかってしまった。

田口があそこにいないということ。
田口はもうKAT-TUNではないということ。
もう二度、田口を観ることはないんだということ。
あの脱退宣言から、ずっと、ずっと、自分を納得させようとして、納得したふりをして、納得したんだと思い込んでいたんだということを。


びっくりした。だって、それを思うなら10ks!の時じゃないの?なんで充電完了した今なの?って。
それで、ライブ中にもかかわらず脳の一部がすっごく冷静に色々考えていた。


上田がラップを新しい歌詞で歌っていたこと。
とてもびっくりして、でも嬉しくて。
その曲が流れるたび、もう聴くことができないラップをどうしても思い出してしまうから。そんな切なさを新しい風で吹き飛ばしてくれたような思いだった。


キスキスで、本当に突然「この振りを踊る田口が好きだったな」と思った。
きっとそこから、まだ亀ちゃんのうちわを持てない、と無意識にうちわを下げた。
ステージで踊る三人にはやっぱり過不足なんか感じない。もうKAT-TUNは三人で、それ以上でも以下でもない。
わたしもそれはわかっていて、ただ、田口が好きだったなと、そう思ったんだ。

そしてその時、あの脱退宣言からずっとわたしは「田口が好きだった」と考えないようにしていたんだと気付いた。
田口が好きだ、好きだった、そう考えると次の瞬間「もう観られない」と続いてしまうから、それが嫌で嫌で、考えないようにした。
目の前の三人を見るんだと、今から、この先にはKAT-TUNは三人なんだからと、そう思わないと、きっとあの時の自分は耐えられなかった。

キスキスから、暫くそんなことを感覚で思い知ってしまって目の前の三人を見ることが苦しくなった。亀ちゃんのうちわを持つことが出来なくなった。今更のように、わたしは田口がいないということに直面してしまった。

涙さえ出なかった。

 

気付いたらDON'T U EVER STOPの冒頭で、今まで普通に聴いていた歌詞がいきなり耳に飛び込んできたように感じた。

 

「うまく言えないけど一人じゃない」

 

「忘れられない想い その迷い 俺が全部抱いて出かけよう」

 

すごく自然にすとんとその言葉が胸に落ち着いて、ざわざわし始めていた心が凪いだ。
そうか、三人はそんな気持ちを持っていても受け入れてくれるのか、と。
今までこの曲を聴いてこんなふうに思ったことは無かったのに、このセットリストの流れが凄く嵌って、そこからまたペンライトを振ることが出来た。

そこから、あえて我慢するのをやめてみた。

六人の時の曲では思いっきり六人のKAT-TUNを思い出したし、五人の曲ではあの時はこうだったなあとか、考えた。
四人の曲、4Uは勝詣の時を思い出した。

一番涙が出そうになったのはインファクトだった。

わたしはこの曲のダンスが、田口が踊るダンスが大好きで、コンサートでも歌番組でも、何回も何回も観た。今目の前で観ることができなくても、田口を思い出せるくらい、本当に大好きだった。
レーザーを浴びて踊るKAT-TUNがいて、当たり前にそこに田口はいなくて、わたしはとても苦しくて、

でも、苦しくていいんだって思った。

コンサートの最中にずっと感じていたのは、どんなファンも平等に三人は受け入れてくれているということ。
わたしは自分に「三人のKAT-TUNなんだから、三人のKAT-TUNのこと以外を考えてはいけない」という制約を、かけてしまっていたみたいで。
田口を観ることがもう出来ない、KAT-TUNの田口が好きだった自分をもう出してはいけない、そんなふうに縛っていたみたいで。

でも、他ならぬ三人が、そんなことを思わなくていいんだって言ってくれているみたいな。
UNIONは、わたしにとってそういうコンサートだった。


思えば六人が五人になった時も、五人が四人になった時も、わたしは同じことをしていたんだな、と同時に思い知った。

六人が五人になったときは、五人のことだけを考えようとした。
五人が四人になったときも、四人のことだけを考えた。
四人が三人になるとき、田口がいなくなるとき、今でで一番、考えないようにしよう、三人だけを見ようと思った。
苦しいと思うことを禁じた。


六人のKAT-TUNが大好きだった。
五人のKAT-TUNが大好きだった。
四人のKAT-TUNが、大好きだったんだ。
それを全て、三人のKAT-TUNが肯定してくれた。

 

これはあくまでわたしが感じたこと、思ったことで、今現在KAT-TUN担ではないからこそ感じた、思ったことなんだろうと思う。
だから、久々に東京ドームで会ったKAT-TUN担の友達が「KAT-TUNのコンサート、とにかくずっと楽しい!」って笑っていたのが、本当に嬉しかった。
きっと今KAT-TUNの船に乗っている人達が心底楽しい!と感じられるコンサートだから、わたしもこんな自分を肯定出来たんだと思う。

じわじわと「田口が好きだった」と思い出してぐるぐるし始めているタイミングで流れてくるのが、

 

「君が嫌いな君が好き」

 

なんだよ。すっごいな、KAT-TUNって。
わたしのこと知ってんの?(笑)


自己嫌悪に陥りそうな瞬間に
「もう無理しないで 心のまま 君のまま」
と歌っているKAT-TUNは、なんて懐が深いんだろうと思った。
今でも六人を、五人を、六人を、田口を引きずって、自分が嫌になりそうだって思っても、KAT-TUNは「君が嫌いな君が好き」って言ってくれるんだもんなぁ。

 

 

勝てないよなあ!!!!!!

 

 


すごく解放された気分だった。
どんな時もKAT-TUNだよって笑って認めてくれた気がした。
わたしが好きだったKAT-TUNも捨てなくていいんだ、忘れなくていいんだって。


そして、確信を持って示してくれた。
三人はもう揺るぎなくて、KAT-TUNでいたいから、KAT-TUNが大好きだから、これからもKAT-TUNでいるよって。
すごく安心した。ずっと好きでいていいんだって。

 

わたしは船を降りて、新しい道を歩き出していて。
KAT-TUNは実家のような存在だと思っている。
個人的にはKAT-TUNを好きになって今年で十年、人生の三分の一はKAT-TUNを好きでいるんだなぁ。
後悔しそうになったこともある、観ているのが苦しかったときもある、でもこうしてUNIONにまで辿り着いて、こんなふうに三人は受け止めてくれるんだなって感じたら、今までを引っくるめて、わたしはKAT-TUNを好きになって良かったなと思う。


苦しいのが当たり前なんだよって肯定してもらえて初めて自分がこんなに苦しかったんだと知った。
それでもいいんだと思えることで、先に進めるんだってことも。

田口担の自分を引きずったままで新しい道を歩いていた二年間、どこかで「なんでこんなに苦しいんだろう」と思っていた。
引きずっていることにすら気付かなかったから、新しい道を歩きながら何度も何度も振り返って、振り返ってしまう自分を否定して、押し込めていた。
それを、他ならぬKAT-TUNが解放してくれた。

 

 

 


コンサートが終わった今、物凄く晴れ晴れとした気持ちになっている。
わたしはKAT-TUNが、これからもずっと、大好きだ。

 

 

 

 

 

 

それだけが全て、それだけを望もう!

それがわたしの答えだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

君たちのPERFECTな未来を願ってる

 

 


普通の男の子が自らの肉体も精神も切り売りして輝くために普通の男の子じゃなくなっていく。
それがジャニーズJr.だとわたしは思う。

何かを約束されているわけではない、未来の確約がない、一寸先は闇なのかそれともデビューという光なのか。何もわからない。それが彼らの行く道。だからこそ一種刹那的に輝いてみえるのかもしれない。

 

という前書きとはあまり関係のない内容の、ただただ好きな彼らに愛を叫ぶブログです。

 


わたしが好きなJr.のグループはTravis Japanである。

 

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わたしが覚えた当初、Travis Japanは9人だった。
9人みんなが大好きで、9人のままずっとTravis Japanでいて欲しかった。

顕嵐くんが居なくなり、拡輝が居なくなり。
Travis Japanは7人になった。
9人だった頃からずっと気持ちは変わらなくて、Travis Japanってわたしの特別だった。

わたしは群舞とか、揃ったダンスとかいうものに然程興味があるわけではない。
長年追っていたグループがダンスが揃わないことを特に問題としていないグループだったし、現在応援しているグループも特に揃ったダンスに魅力を感じるということはあまり無い。
どちらかといえば個人的に好きなダンスをしてくれていればそれでいい、と思う。
魅力がないわけじゃなくて、わたしは「揃う」ということを重視していないだけなんだけど。

 

Travis Japanは統率の取れたダンスをする。
体格差のあるメンバーもいるのに、きちんと統率されている。
それは、きっと彼らの目指す先がブレずに一本だからなんだと思う。
揃ったダンスというよりは、揃うために必要な意識の共有がきちんと出来ているダンス、というか。
言葉にすると難しいけれど、彼らのダンスはブレていない。

Travis Japanには秩序がある。

若い男の子が揃って「秩序」なんて言葉を体現するのはなんかダサい。ダサいというか地味。そういうふうに思いがちだと思う。
アウトローに憧れるというか、少しだけハズすのが格好良く見えるというか。
今のジャニーズJr.って「個性」として、いろんな意味で人とは違うことをしよう、人とは違うものを身につけよう、そんなふうに見える。
だから、Travis Japanの秩序はパッと見てその良さがすぐにわかるようなものじゃないのかもしれない。
それでいて、個性の溢れた他のグループのなかにいるTravis Japanは、くっきりと浮き出てくるようにハッキリと違いを見せている。
他のグループより、というのではなくて。他のグループが目指す、体現する、そういうものとはある意味逆走していながら、それこそが間違いなくTravis Japanの「個性」なんである。

喋らせてみれば市井の男子と変わらないような無邪気さを全面に押し出してくるのに、彼らのパフォーマンスにはその年代では考えられないような品性があり、秩序がある。
オリジナル曲を持たず、楽しげにはしゃぐ曲も、色気を全面に出す曲も、ダンスを惜しみなく魅せる曲も、なんでもやる。なんだって自分達らしく魅せてしまう。

わたしは9人だった彼らを見てから、次に7人となった彼らを観るまでに、約一年の間が空いた。
滝翼のバックについてるTravis Japanが、わたしの観た最後の9人の姿である。
次にTravis Japanとして観ることができたのは横アリでのJr.祭りだったけれど、これは七五三掛くんがいなかった公演だった。7人揃って観れたのはJr.祭りの埼玉公演。

7人は、9人だった頃からのブレない姿勢を全く崩していなかった。
それどころか、いっそうその品性に磨きをかけ、向かう所敵なしのパフォーマンスで、Travis Japanの個性を更に強固なものにしていた。
驚いた、彼らの真っ直ぐさに。
直向きといってもいいくらいの、7人のまとまり方に。

正直な話、他のグループだって凄かった。オリジナル衣装はそれぞれ個性に裏打ちされていて、曲だってJr.のクオリティを超えていると感じた。
シンプルにシャツにジャケットという衣装のTravis Japanは、はっきり言って周りに比べたら地味だった。

それでも、その衣装は彼らのダンスを綺麗に揃えて魅せていたし、同じような型の衣装だからこそ個性が光っていた。
釘付けになった。一人一人、どのメンバーを見ても楽しかった。彼らはTravis Japanを楽しんでいる。Travis Japanとしてパフォーマンス出来ることに喜びを感じている。

人数が減ることに対しての痛みは、わたしもだったけれど、本人達の方がよほど痛かったと思う。
その痛みを、Travis Japanを見ている時微塵も思い出さなかった。

7人の姿を見たときに「顕嵐くんがいれば、拡輝がいれば…」そんなふうに思って泣いてしまうんじゃないか、と不安だった。
ところが、わたしはTravis Japanを見ている間ずっと楽しかった。楽しくて、もっと見ていたくて、ただただ最高!と思っていた。
終わった後も興奮冷めやらぬまま喋り散らしていた。
二人がいないことを悲しむ暇なんかないくらい、7人は最高だった。
それは「9人だったTravis Japan」より「7人のTravis Japan」が最高!というわけではない。
9人のTravis Japanは、最高だった。
だけど、7人が9人を下回ることはなかった。それどころか、期待以上に最高だった。
人数が減ることの痛みに浸るより、それ以上に今のTravis Japanをより良くする方を彼らは選んでいた。欠けを感じなかった。
最高すぎてちょっと寂しくなっちゃうくらいだった。


Travis Japanを他と比べることは、意味がない。
彼らは並んで真っ直ぐ歩いていく。
回り道をしても、それを無駄にせずに糧にするだけの根性があるから。

Travis Japan、君たちがいくならその道は間違いない。

パーフェクトじゃない彼らがパーフェクトになるまでの物語を、この先も見逃すわけにはいかない。

 

物凄く個人的な欲望なんだけれどTravis JapanにV6のGUILTYを踊って欲しい。出来ればV6と同じ振り付けで。サビの脚を綺麗に全員揃えた振り付けを、Travis Japanでみたい。supernovaをあれだけ踊って歌って魅力的にやり遂げられるのなら、間違いなくGUILTYだって出来る。因みにGUILTYは不倫の歌だと勝手に思っているので二十歳前後である彼らがどのように解釈して曲を自分のものにするか興味しかない。やって!やってよ!Travis JapanのGUILTYが観たいよ!

 

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ついでみたいになってしまってるけど、こっちもちゃんと本題である。

 

中村海人くん、二十歳のお誕生日おめでとう!

 

成人しているとはとても思えないようなあどけない笑顔が、がむしゃらでも美しいダンスが大好きです。

Travis Japanを好きになった当初は印象の薄い子だったけれど、そんな海人くんが「見ていたい」と思わせてくれたのはマッチさんのコンサートでのこと。
ド天井からでも、海人くんのダンスが目に止まった。

滝翼のバックについていて、ハットを被ってしまうとスタンド後列にいたわたしには誰が誰だかわからなくなってしまって、双眼鏡で「一番好きなダンスの子を見ていよう」と追っていた。


ずっと双眼鏡の視界のなかにいた彼がハットを放った。

 

それが、中村海人くん、君だった。


身体の全てを動かすような勢いのあるダンスが、目を引く。
Jr.祭りで、たくさんたくさんJr.がいたけれど、海人くんはどこにいても見つけられた。
優馬くんのラジオで、苦手なのも好きなのもダンスだと答えていた。わたしはそんな海人くんのダンスだから好きなのだ。

だった二年たらずでみるみるうちに大人の顔をするようになって、格好良くなって。でも、やっぱり可愛いところは変わらずにあって。
大きな犬みたいな可愛さも、小動物のような繊細さも、普通の男の子みたいながさつさも、外国の男の子のような綺麗なお顔も、新たに発見するたびに嬉しくなって、もっと見ていたくなります。

大人になって、これからも素敵になっていく海人くんを、見るチャンスがあれば逃さないようにしていきたいです。

踊っているときの、笑顔からふっと真剣な表情に変わる、その一瞬に見惚れていたい。
おめでとう、おめでとう!

努力は必ず誰か見てるから、わたしも見ているからね!

 

 中村海人くんをみていると思い出す曲があって。PerfumeのBaby Faceという曲なんだけど、曲名からしてすでに海人くんって感じじゃないですか?わかる〜〜!(自問自答)

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ベイビーフェイスにも程があるんちゅ…

 

歌詞がこんな感じなんですが、

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名実ともに大人になった海人くんですが、そのまま「自分らしい」を背伸びしすぎずに楽しめる二十歳の年になったらいいな、とわたしは思うのです。

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君の生意気が、わたしにとって

なんだかそうなの 可愛くって♡ 

 

 

 

 

 

 

 

以下、蛇足。

 

Travis Japanの良さは品性と秩序だが、彼らのそれをわたしが観て思うのは最近これに尽きる。

 

Travis Japanとは着エロである」

 

衣服を肌蹴て露出し、腰を振るようにして目に明らかなエロスではない。俗物的なそれが訴えかけるものが確かにあるので、それを貶めたいわけではない。そういうアカラサマなエロが好きだったりもする。
でもわたしが好きなのはなんといっても着エロだ。美しく品のある青年には白いシャツが似合うし、ジャケットはその身体を包むに相応しい。
彼らは心得ている。自らの身体が包むほどにその色香を惜しみなく振りまくことを。蝶ネクタイに、リボンタイに、禁欲を匂わせておきながら。些細な仕草に、視線の行く先に、髪の一筋が舞う最中に色を滲ませることをやってのける。

Travis Japanには10代もいるというのに、最年長ですら四半世紀も生きていないのに、恐ろしいばかりだと思う。
Travis Japanは垂涎ものの着エロだ。彼らを双眼鏡で視姦することが合法であることをわたしは感謝してやまない。

 

 

 

 

後戻り許さぬひと


五関さんのことを、もう自分の唯一のポジションに置かざるを得ないと思い知ったとき、わたしのなかにあったのはただ不吉な予感だった。

普通は自担に落ちた瞬間って幸せなんだろうけど、わたしはその時を思い出すと、どうしても言葉にして「不吉」しか思い浮かばないんである。

忘れもしない2015年10月25日の夜公演、その時点で観劇した回数は10を超えていて自分でも駄目だ駄目だと思っていたんだけど、どうしても機会があると観に行きたいと思ってしまって、そうして入った公演だった。
席は二階の下手側、双眼鏡を使って五関さんを観ていた。

多分もう5月のアリサマから道は決まっていたんだろうとは思うけど。五関さんを観ているとやはり頭が真っ白になってその姿を脳に焼き付けることしか出来なくなる、自分というものがただ目だけの存在になったかのような、恐ろしい感覚に陥る。意識してなくても鳥肌が立っていることはどこかでわかっていた。
道は自分の前にずっとあったんだけど、今まで自分が歩いてきた道とその道の間には奈落に繋がる深い谷があって。落ちる恐怖で、先に進みたいけど飛べない。普通に考えたら一足跳びに向こう側へ行けるのに、わたしはその谷が怖くて、だって暗くて、見ないようにしていたんだ、なるべく。

25日、五関さんが背を向けてジャケットをおろしてゆく様をみて、またあの不吉の予感がした。双眼鏡を持つ手だけが冷静で、後の全てがこのまま観ていたら駄目だと思ったのに。
わたしが観ていた二階からは、客席に背中を向け、あの日と同じようにジャケットをおろしている五関さんの口元が、笑っているのが見えた。

五関さんの、そのアルカイックスマイルといって良い口元の微笑みが、わたしを新しい道へと飛ばしてしまった。

わたしは知らなかった、あんなに恐れていた谷の底、深い奈落よりも、その新しい道を歩いていくことの方が、余程恐ろしいということ。

 

五関さんを好きで、自分の中で唯一の、一番のポジションに置いているということは、楽しいというよりは生きてゆくなかでの生命活動を維持する為の一部というか、そんなようなもので。

ステージの上に立つ五関さんを観ることが、そこで生きている五関晃一というひとに頭からなにから全てを真っ白にされてしまうことが、この先生きていくうえで必要になってしまったということで。

 

いつか道が途切れて今度こそ奈落へ落ちたとき、底はきっと海だろうと思う。暗闇にひと筋の光があって、そこではスターダンサーが踊り続けている。ヴァイオリンの音が聞こえるそこでなら、漸く足を止める事が出来ると思うのだ。

それまでは五関さんの立つステージがある場所へ、わたしはこの道を歩き続けるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルカイックスマイルとは、無表情にも拘らず口元に笑みをたたえたような表情のこと。

五関さんがダンスの狭間に見せる確信的ではないあの微笑みは、きっとそれに違いないと思い続けている。

 

原点回帰


2016年のいつ頃からかはわからないけど、わたしはジャニオタであることに疲れていた。
ジャニオタです、と思って口にもし始めたのは一体いつ頃からなんだろうか?
少なくともその頃から10年以上は経っているわけだけど「なーーんか、楽しいけど疲れちゃうんだよな~~」って思い始めたのは、2016年のこと。

原因不明の疲労感、この疲れちゃったな、という感情はどこから来ているのか?何が要因なのか?
考えて突き詰めてみれば解決するかもしれない、と思ってちょっと本気出して自分の疲労感と向き合ってみた。


まず、わたしが感じている疲労、というか「なんか疲れちゃう」と思うのはどんな時か。

 

・番組出演などがあった時
・雑誌の発売日から数日間
・リリースがある時
・舞台やコンサートの発表があった時

 

大まかにだけど、こんな時である。
全てに疲れると思うわけではない。なんでかというと、この四項目って今までだったら「えー嬉しい!やったー!」って思うことだからだ。

今でも「嬉しいな」と思うことではある。
ただ、嬉しいの後に、なんだか溜め息が出てしまう。
その溜め息の理由としては、主に金策について。

 

わたしは関ジャニ∞KAT-TUNA.B.C-Zという流れで担当が変わりグループが変わりながら、他にも嵐やV6、NEWSなどにも本命ほどではないが現場に赴いている。

関ジャニ∞が担当だった頃はまだ十代で、大したお金を使えるわけでもなく、コンサートは関東圏で数回が限度。遠征なんてもってのほかで、更にグッズを買えば殆どお金もなかった。でも買える範囲、行ける範囲で十分満足していたから、すごく楽しかった。
丁度メンバーのソロコンとかがある時期で、それが大阪でしかやっていなかったりしたのは寂しかったし、悲しかったけれども。

KAT-TUNへと担当が変わり、十代から二十代へと成長して、使えるお金は少しずつ増えた。CDも気にいる特典がついているものは買っていた。通常盤は欲しい曲があれば買うといった感じで、特に全形態買う!というような意識はなかった。
コンサートはやはり関東圏で、チケットが当たればその分参加し、時には譲ってもらうなどして自分が満足するだけ参加する形だった。それも一ツアーで大体、三回くらい参加するような感じだったように記憶している。
雑誌は元々全部買うタイプでもなく、気に入ったビジュアルのものや、記事に興味があるものを選んで買っていた。だから、買わない月もあった。

KAT-TUN担だった年月のうち最後の二、三年の間にTwitterを始めた。
沢山の人の考えや応援スタイルを見聞きし、そのなかで仲良くなった人もいた。

初めて遠征というものをしたのは2014年、二十代も半ばに近づいた頃。
金銭的には余裕があるとはいえないけど、カツカツでもなかった。多少、他を我慢すればいい程度だった。


わたしがKAT-TUNを離れようと思ったのは、KAT-TUNのシングルが一位を取れないのでは?となったあたりから。フォローしている人もしていない人もCDを多量買いしていて、驚いた。
更には多量買いを推奨する人も居た。これにも驚いた。

今までは、欲しいと思えば全種類買っていたけど、そうじゃない時は選んで買っていた。初回だけしか買わないことも随分あった。
でも、そんな雰囲気をみてわたしは初めて最初から選ぶことなく全種類買った。複数買い、多量買いではないが、それでも自分の中では今までと違う購入の仕方だった。

それから次のシングルもまた、一位を取れないのではという危機らしかった。
わたしは、また前のような買い方するのは嫌だなと思ったけれど、やっぱり全種類予約して買った。

結局は自分の意思で購入に踏み切ったわけで、多量買いしている人も複数買いしている人も、それを推奨している人も悪いとは思わない。
でも、わたしは嫌だった。KAT-TUNのシングルを買うことが楽しみではなくなった。まるで義務か、ノルマのようだった。
結果としてKAT-TUNのシングル一位という記録は守られたが、わたしはそれを手放しに喜べなかった。


応援するって、そんな気持ちじゃなきゃ出来ないことなのか?と思った。

 

一位を取り続け、記録を更新するためにわたしはKAT-TUNのシングルを沢山買いたいとは思えなかった、って事なんだと思う。
今までずっと、どんな曲なのかとか特典をみることだとか、楽しみだなーって思いながらシングル発売を待っていたのに、それだけじゃない色々を見て知って、自分にはそんなふうに応援出来るだけの力がない、つまり金銭の余裕がない事を知って、疲れていった。

そして、なんだかんだオタク友達と上手くいかない事があったりもしてKAT-TUNから離れた。
離れたら気持ちが軽くなったし、これで心機一転新しい担当グループを応援していけたらなと思っていた。


A.B.C-Z担になり、五関さんを担当として過ごし始めた矢先、田口が辞める事を知って。

わたしはKAT-TUNの脱退を二度経験していたにもかかわらず、田口だけは絶対に、死ぬまでKAT-TUNでいてくれると根拠もないのに信じていて。
元々田口担だったから、田口がどれだけKAT-TUNを好きだって言ってきたかも聞いてたし、観てきた。

絶対なんてないのだという事を知り、新しい居場所として得たA.B.C-Zにも、五関さんにも不安が芽生えてしまった。
その不安は消える事なくずっと心の中にある。

 


A.B.C-Zが初のCDシングルを出すという場面でわたしはA.B.C-Zの担当になったのだけど、あんなにKAT-TUNが一位を逃してしまえば楽になるのに…なんて考えていた事を忘れたかのように、純粋にA.B.C-Zの初のCDシングルが一位をとれたらいいなぁと思った。


でも、どこにでも販売促進の人はいるもので。


シングルを楽しみに待つ気持ちを自分で保てなくなっているなと思うようになった。
売れた方がいいのも、買った方がいいのもわかるけれど、なんとなく、前の疲労感を残したままだったせいかここでもやっぱり「いっぱい買うことがファン」という感じなのかなって思ってしまった。


A.B.C-Zは舞台の仕事が多いので舞台に行く機会が多くなった。
舞台のチケットは高い。コンサートが主な現場だったわたしには衝撃的なくらい高かった。
でも、舞台はコンサートよりも断然長い期間やっているので、チケットさえ取れれば、というかお金さえあればそれこそ一ヶ月のうちに何度も行くことが出来る。

ファンになりたてだったし、その機会も多く得られたので、わたしはその時手にしていたお金のほとんどを使ってABC座に行った。

ABC座が終わってもジャニワがあり、個人の舞台があり、その全てのチケットはコンサートのそれよりも高く、気付いたらいつもいつも金欠でカツカツになっていた。

自分にかけるお金を減らし、日々を切り詰めて金策をたて、そうして2016年が終わった。

A.B.C-Zのコンサートは全部で6公演。舞台はその倍以上あった。

 

2016年の半ば頃から、少しずつ、楽しいの中に疲れたが混じってきて。年末にかけて仕事が忙しくなって、オタク事以外でも疲れていた。
一生懸命働いても、余裕は出来ない。常に次の振込のことを考えている。
会報も雑誌も読めてない、出演番組は録画予約して暫く経ってからやっとみる、という始末。

オタクとしての自分を見て、そうじゃない自分が「本当にこれで良いのかな、このままで良いのかな?」って思い始めた。

オタクなんて大体お金がないものだと思うけど、本当に色々我慢していて、それで良いのかな?って思うことがとにかく多くなった。


多分、わたしの場合は「応援の仕方が身の丈に合ってなかった」んだと思う。
お金さえあれば毎日でも好きなアイドルを観に行ける、その環境に目が眩んでいたというか、他の事が目に入らないくらい観に行くことだけに夢中だった。

でも、二十代も半ばを過ぎて、大した貯金もなくて、自分にかけるお金はガンガン削ってて、普段はA.B.C-Zを見ている時以外ずっとお金をどうしようか考えている、という生活を約一年間していて、単純に滅茶苦茶疲労してしまったんである。

今までの応援ペースを簡単に見失って、テンポ感も狂って、金銭感覚も狂ってた。
もちろん観たいから行っていたんだけど、多ステをする事が当たり前だと何故か思ってしまっていた。
行ったどの現場にも後悔はないけど、これから先も同じようにすることは不可能なんだなと自分の疲れ具合からわかった次第です。

 

まあーーーーとにかく、お金がない!


お金がないと、なんとなく余裕もなくて、欲しいなぁって思ったものも我慢しなきゃいけないことの方が多くなって。
自分のペースってどんなだったかな?って思い出せなくなるところだった。

 

  • リリースされたものは「欲しい!」と思う数を買うこと。
  • 無理をして「多めに買おう!」と思わないこと。
  • 何よりそのリリースされるものを楽しみに思えるように。
  • この先も、多分そんなにすぐに変わるわけじゃないから。
  • 舞台がある時は、どれだけ観たいかをあらかじめ予定を立てて、無理してまで日数を増やさないこと。
  • 自担である五関さんをやっぱり一番に力を入れて応援したいから、ある程度他を抑える努力をすること。
  • 観ることができる機会を、大事にすること。
  • コンサートは、一番好きな現場だから出来る限り行きたい!
  • でも、無茶な遠征を詰め込んだりしないこと。
  • グッズは、使えるものだけを考えて買うこと。
  • 雑誌は気に入ったビジュアル・テーマ・テキストがあるものだけ購入すること。でも、基本的には買わないスタンスでいくこと。

 

もう一度、楽しいと思いながらジャニオタをやりたいから。
周りとかと比べず、自分の身の丈にあった応援をしていきたいな。


これは余談だけど、1月の中旬、中学生の頃からずーっと一番好きなバンド、アジカンのライブに行きました。
去年も一昨年も、金欠だからいくのを諦めたことを後悔していて。一回でもいけばよかった、って後から何度も思った。
ジャニーズだけに絞って必死になって、こういう他に好きなものを疎かにしていたらダメだなーと思い。
武道館公演の、たった一回だけだったけれど本当に行って良かった!って感じたから。これからは、そうやって他も色々と我慢しないでやりたい、やれるようにしたい!

わたしは年の割には稼いでないから、周りと比べたらお金をかけられないダメな方のオタクなのかもしれないけど、自分のペースで、身の丈にあった、無理のないオタクになろうと思います。


めちゃくちゃ頑張ってチケット取りや遠征に力を入れた五関さんの出演舞台、シェイクスピア物語を全て観終わったら暫く燃え尽きてしまいそうだから、reboot!!!のリリースまで少しずつ気持ちをもちなおせたらいいなーと思う次第です。

 

 

希望に向かう背へ


わたしはVが好きだ。

 

曲調が単に好みだということがまずその理由。
戸塚さんのソロ曲って、もうドラマで叫んでるイメージしかなくて。ドラマは曲として凄く好きだったけれど、演出というか、それは個人的には全く好みではなくて逆に好感が持てるくらいだったんだけども。
Vを初めて聴いたとき、あまりにもその音が心地良くて驚いた。
戸塚さんの歌い方も、声に表情が出ているように感じて。これがコンサートで可視化されるのがとてもとても楽しみになった。

元からどんな曲でも歌詞は一番最後に、後回しになってしまいがちで。音として聴いていて楽しいかそうでないか、がわたしが音楽に対して好き嫌いを判断するものになるから。だから、今回のアルバムでぶっちぎりに好きな音をしていたVだからこそ、一番最後に歌詞を見た。

歌詞を読んだときは「なるほどこんな事を歌っていたのか」と思った。戸塚さんの中のかつての澱が、良い風に昇華された曲なのかなぁ…みたいな薄い感想しか抱けなかった。
歌詞を重要視するより、曲のテンポや音の心地よさばかりを気にしていたように思う。


コンサートでのパフォーマンスを観て、ようやくその歌詞がじんわり沁みてきたような気がする。
ギターを持って出てきたのを見た瞬間は、もしかするとギターでの演奏での披露なのかな?と思った。正直に言うと、それはあんまり望んでいなかったから、ちょっとだけ気落ちしたかもしれない。
でも、歌い出しを聴いて、ライトがステージを舐めるようにして空へ放たれて、まっすぐに会場を照らして。
戸塚さんがギターを置いた。
あの、大好きなイントロが流れてきて、ああVはやっぱりこれだと思った。

戸塚さんがステージの上で間違いなく主役としてVを歌いながら踊っていた。本当に表情が楽しげで、つられてわたしも笑った。でも、会場で大きな音で聴く音は普段ウォークマンで耳に流していたそれよりもずっと切なくて、でも歌う、踊る戸塚さんを見ながらだと普段聴いているよりずっと楽しくて。
不思議だなぁと思った。戸塚さんの曲は生きているなぁと感じた。


その時代をリアルタイムで追いかけていなくとも、語る言葉を聞けば、読めば、戸塚さんが思うジャニーズ人生はきっと楽しいだけではなかったんだと思う。
楽しいだけではないその、悔しさとか、羨望だとかを、燻らせていたこともあったかと思う。

30代への道を歩いているなかで、今年それが一番良い方法で、最善のやり方で消化出来て、それがVになったんじゃないかなぁ、なんてことを漠然と感じた。

戸塚さんという人を、なんとなくだけど、弱みを見せたくない人なのかなと思っていた。
どんなに痛くても痛みを見せたくないというような。傷があっても平気な顔をしていそうだ、とか。
見せないというポリシーを格好良いものとしている、というか。言葉にするのは難しいなぁ。

ドラマを聴いたら、まだその思考の真っ最中だったように思える。
Vは、間違いなくそこから一皮向けている、脱皮して新しい姿で羽ばたこうとしているその様だと思えたんだ。


わたしは若い時に凄く辛い事ばっかりあって、思い悩んで、肩の力入りまくりで、視野が物凄く狭かった。
今日駄目だったらずっと人生駄目なまま、みたいな極端な思考だった。明日があるから、なんて気楽なこと言ってられないって思い込んでいた。

20代を少し過ぎたあたりから、なんとなくふっと視野が広くなった気がして、そこからは一気に楽になった。
自分のこと許せないところばかりで、嫌いだと思っていた。だけど、不意にそういう自分もなんとなく許せて、そうしたら嫌いだと思っていた部分を好きになってきた。

勿論まだ全部を許せたわけではないし、全部を好きになれたわけじゃないんだけども。


Vを聴いて歌詞を読んだ時に感じたのは、自分がそうやって気持ちの変化があった時のような感覚で。
だから、良い意味で、戸塚さんは過去の自分を許して、好きになれたのかなぁと。
そういう自分をありのまま歌ったのかな、と。


わたしはその辛かった時期に一人だったけれど、戸塚さんにはその時は見えていなかったかもしれないけれどこれからも前を一緒に向いていけるメンバーがいるから。
だから、きっと大丈夫だ!って。それが希望なのは自分一人だけではないんだってわかったんだ、って事に聞こえるから。

自分云々は別においてもVは良い曲だ。春の浮かれた気分と強い風にも、夏の照りつく陽射しと汗の匂いにも、秋の夕暮れと散歩道にも、冬の凍てついた空気と澄んだ高い空にも合う、いつ聴いてもきっとその時々に色々なことを感じることが出来ると思う。
どんな時期に聴いても、きっと自分を少しだけ優しく許して、力強く前を向くことを促してくれる曲だと思ってる。

わたしにとって今年出逢った新しい曲で一番好きな曲だと思うし、戸塚さんの29歳から30歳に続く道のりの中できらきら輝く通過点を美しく切り取った曲だ。


イントロからずっと少しだけ泣きたくなるような音を含んだVが、戸塚さんの声で揺らぐことない希望で締め括られ、跡を濁さないというように空を仰ぐように終わる、そんなところが好きだ!

 


戸塚さん、30歳の誕生日おめでとうございます。
30歳の視野に広がる世界が、美しく楽しいものでありますように!