アイラブユーは君だけさ

だいたいそんな感じ

君たちのPERFECTな未来を願ってる

 

 


普通の男の子が自らの肉体も精神も切り売りして輝くために普通の男の子じゃなくなっていく。
それがジャニーズJr.だとわたしは思う。

何かを約束されているわけではない、未来の確約がない、一寸先は闇なのかそれともデビューという光なのか。何もわからない。それが彼らの行く道。だからこそ一種刹那的に輝いてみえるのかもしれない。

 

という前書きとはあまり関係のない内容の、ただただ好きな彼らに愛を叫ぶブログです。

 


わたしが好きなJr.のグループはTravis Japanである。

 

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わたしが覚えた当初、Travis Japanは9人だった。
9人みんなが大好きで、9人のままずっとTravis Japanでいて欲しかった。

顕嵐くんが居なくなり、拡輝が居なくなり。
Travis Japanは7人になった。
9人だった頃からずっと気持ちは変わらなくて、Travis Japanってわたしの特別だった。

わたしは群舞とか、揃ったダンスとかいうものに然程興味があるわけではない。
長年追っていたグループがダンスが揃わないことを特に問題としていないグループだったし、現在応援しているグループも特に揃ったダンスに魅力を感じるということはあまり無い。
どちらかといえば個人的に好きなダンスをしてくれていればそれでいい、と思う。
魅力がないわけじゃなくて、わたしは「揃う」ということを重視していないだけなんだけど。

 

Travis Japanは統率の取れたダンスをする。
体格差のあるメンバーもいるのに、きちんと統率されている。
それは、きっと彼らの目指す先がブレずに一本だからなんだと思う。
揃ったダンスというよりは、揃うために必要な意識の共有がきちんと出来ているダンス、というか。
言葉にすると難しいけれど、彼らのダンスはブレていない。

Travis Japanには秩序がある。

若い男の子が揃って「秩序」なんて言葉を体現するのはなんかダサい。ダサいというか地味。そういうふうに思いがちだと思う。
アウトローに憧れるというか、少しだけハズすのが格好良く見えるというか。
今のジャニーズJr.って「個性」として、いろんな意味で人とは違うことをしよう、人とは違うものを身につけよう、そんなふうに見える。
だから、Travis Japanの秩序はパッと見てその良さがすぐにわかるようなものじゃないのかもしれない。
それでいて、個性の溢れた他のグループのなかにいるTravis Japanは、くっきりと浮き出てくるようにハッキリと違いを見せている。
他のグループより、というのではなくて。他のグループが目指す、体現する、そういうものとはある意味逆走していながら、それこそが間違いなくTravis Japanの「個性」なんである。

喋らせてみれば市井の男子と変わらないような無邪気さを全面に押し出してくるのに、彼らのパフォーマンスにはその年代では考えられないような品性があり、秩序がある。
オリジナル曲を持たず、楽しげにはしゃぐ曲も、色気を全面に出す曲も、ダンスを惜しみなく魅せる曲も、なんでもやる。なんだって自分達らしく魅せてしまう。

わたしは9人だった彼らを見てから、次に7人となった彼らを観るまでに、約一年の間が空いた。
滝翼のバックについてるTravis Japanが、わたしの観た最後の9人の姿である。
次にTravis Japanとして観ることができたのは横アリでのJr.祭りだったけれど、これは七五三掛くんがいなかった公演だった。7人揃って観れたのはJr.祭りの埼玉公演。

7人は、9人だった頃からのブレない姿勢を全く崩していなかった。
それどころか、いっそうその品性に磨きをかけ、向かう所敵なしのパフォーマンスで、Travis Japanの個性を更に強固なものにしていた。
驚いた、彼らの真っ直ぐさに。
直向きといってもいいくらいの、7人のまとまり方に。

正直な話、他のグループだって凄かった。オリジナル衣装はそれぞれ個性に裏打ちされていて、曲だってJr.のクオリティを超えていると感じた。
シンプルにシャツにジャケットという衣装のTravis Japanは、はっきり言って周りに比べたら地味だった。

それでも、その衣装は彼らのダンスを綺麗に揃えて魅せていたし、同じような型の衣装だからこそ個性が光っていた。
釘付けになった。一人一人、どのメンバーを見ても楽しかった。彼らはTravis Japanを楽しんでいる。Travis Japanとしてパフォーマンス出来ることに喜びを感じている。

人数が減ることに対しての痛みは、わたしもだったけれど、本人達の方がよほど痛かったと思う。
その痛みを、Travis Japanを見ている時微塵も思い出さなかった。

7人の姿を見たときに「顕嵐くんがいれば、拡輝がいれば…」そんなふうに思って泣いてしまうんじゃないか、と不安だった。
ところが、わたしはTravis Japanを見ている間ずっと楽しかった。楽しくて、もっと見ていたくて、ただただ最高!と思っていた。
終わった後も興奮冷めやらぬまま喋り散らしていた。
二人がいないことを悲しむ暇なんかないくらい、7人は最高だった。
それは「9人だったTravis Japan」より「7人のTravis Japan」が最高!というわけではない。
9人のTravis Japanは、最高だった。
だけど、7人が9人を下回ることはなかった。それどころか、期待以上に最高だった。
人数が減ることの痛みに浸るより、それ以上に今のTravis Japanをより良くする方を彼らは選んでいた。欠けを感じなかった。
最高すぎてちょっと寂しくなっちゃうくらいだった。


Travis Japanを他と比べることは、意味がない。
彼らは並んで真っ直ぐ歩いていく。
回り道をしても、それを無駄にせずに糧にするだけの根性があるから。

Travis Japan、君たちがいくならその道は間違いない。

パーフェクトじゃない彼らがパーフェクトになるまでの物語を、この先も見逃すわけにはいかない。

 

物凄く個人的な欲望なんだけれどTravis JapanにV6のGUILTYを踊って欲しい。出来ればV6と同じ振り付けで。サビの脚を綺麗に全員揃えた振り付けを、Travis Japanでみたい。supernovaをあれだけ踊って歌って魅力的にやり遂げられるのなら、間違いなくGUILTYだって出来る。因みにGUILTYは不倫の歌だと勝手に思っているので二十歳前後である彼らがどのように解釈して曲を自分のものにするか興味しかない。やって!やってよ!Travis JapanのGUILTYが観たいよ!

 

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ついでみたいになってしまってるけど、こっちもちゃんと本題である。

 

中村海人くん、二十歳のお誕生日おめでとう!

 

成人しているとはとても思えないようなあどけない笑顔が、がむしゃらでも美しいダンスが大好きです。

Travis Japanを好きになった当初は印象の薄い子だったけれど、そんな海人くんが「見ていたい」と思わせてくれたのはマッチさんのコンサートでのこと。
ド天井からでも、海人くんのダンスが目に止まった。

滝翼のバックについていて、ハットを被ってしまうとスタンド後列にいたわたしには誰が誰だかわからなくなってしまって、双眼鏡で「一番好きなダンスの子を見ていよう」と追っていた。


ずっと双眼鏡の視界のなかにいた彼がハットを放った。

 

それが、中村海人くん、君だった。


身体の全てを動かすような勢いのあるダンスが、目を引く。
Jr.祭りで、たくさんたくさんJr.がいたけれど、海人くんはどこにいても見つけられた。
優馬くんのラジオで、苦手なのも好きなのもダンスだと答えていた。わたしはそんな海人くんのダンスだから好きなのだ。

だった二年たらずでみるみるうちに大人の顔をするようになって、格好良くなって。でも、やっぱり可愛いところは変わらずにあって。
大きな犬みたいな可愛さも、小動物のような繊細さも、普通の男の子みたいながさつさも、外国の男の子のような綺麗なお顔も、新たに発見するたびに嬉しくなって、もっと見ていたくなります。

大人になって、これからも素敵になっていく海人くんを、見るチャンスがあれば逃さないようにしていきたいです。

踊っているときの、笑顔からふっと真剣な表情に変わる、その一瞬に見惚れていたい。
おめでとう、おめでとう!

努力は必ず誰か見てるから、わたしも見ているからね!

 

 中村海人くんをみていると思い出す曲があって。PerfumeのBaby Faceという曲なんだけど、曲名からしてすでに海人くんって感じじゃないですか?わかる〜〜!(自問自答)

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ベイビーフェイスにも程があるんちゅ…

 

歌詞がこんな感じなんですが、

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名実ともに大人になった海人くんですが、そのまま「自分らしい」を背伸びしすぎずに楽しめる二十歳の年になったらいいな、とわたしは思うのです。

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君の生意気が、わたしにとって

なんだかそうなの 可愛くって♡ 

 

 

 

 

 

 

 

以下、蛇足。

 

Travis Japanの良さは品性と秩序だが、彼らのそれをわたしが観て思うのは最近これに尽きる。

 

Travis Japanとは着エロである」

 

衣服を肌蹴て露出し、腰を振るようにして目に明らかなエロスではない。俗物的なそれが訴えかけるものが確かにあるので、それを貶めたいわけではない。そういうアカラサマなエロが好きだったりもする。
でもわたしが好きなのはなんといっても着エロだ。美しく品のある青年には白いシャツが似合うし、ジャケットはその身体を包むに相応しい。
彼らは心得ている。自らの身体が包むほどにその色香を惜しみなく振りまくことを。蝶ネクタイに、リボンタイに、禁欲を匂わせておきながら。些細な仕草に、視線の行く先に、髪の一筋が舞う最中に色を滲ませることをやってのける。

Travis Japanには10代もいるというのに、最年長ですら四半世紀も生きていないのに、恐ろしいばかりだと思う。
Travis Japanは垂涎ものの着エロだ。彼らを双眼鏡で視姦することが合法であることをわたしは感謝してやまない。

 

 

 

 

後戻り許さぬひと


五関さんのことを、もう自分の唯一のポジションに置かざるを得ないと思い知ったとき、わたしのなかにあったのはただ不吉な予感だった。

普通は自担に落ちた瞬間って幸せなんだろうけど、わたしはその時を思い出すと、どうしても言葉にして「不吉」しか思い浮かばないんである。

忘れもしない2015年10月25日の夜公演、その時点で観劇した回数は10を超えていて自分でも駄目だ駄目だと思っていたんだけど、どうしても機会があると観に行きたいと思ってしまって、そうして入った公演だった。
席は二階の下手側、双眼鏡を使って五関さんを観ていた。

多分もう5月のアリサマから道は決まっていたんだろうとは思うけど。五関さんを観ているとやはり頭が真っ白になってその姿を脳に焼き付けることしか出来なくなる、自分というものがただ目だけの存在になったかのような、恐ろしい感覚に陥る。意識してなくても鳥肌が立っていることはどこかでわかっていた。
道は自分の前にずっとあったんだけど、今まで自分が歩いてきた道とその道の間には奈落に繋がる深い谷があって。落ちる恐怖で、先に進みたいけど飛べない。普通に考えたら一足跳びに向こう側へ行けるのに、わたしはその谷が怖くて、だって暗くて、見ないようにしていたんだ、なるべく。

25日、五関さんが背を向けてジャケットをおろしてゆく様をみて、またあの不吉の予感がした。双眼鏡を持つ手だけが冷静で、後の全てがこのまま観ていたら駄目だと思ったのに。
わたしが観ていた二階からは、客席に背中を向け、あの日と同じようにジャケットをおろしている五関さんの口元が、笑っているのが見えた。

五関さんの、そのアルカイックスマイルといって良い口元の微笑みが、わたしを新しい道へと飛ばしてしまった。

わたしは知らなかった、あんなに恐れていた谷の底、深い奈落よりも、その新しい道を歩いていくことの方が、余程恐ろしいということ。

 

五関さんを好きで、自分の中で唯一の、一番のポジションに置いているということは、楽しいというよりは生きてゆくなかでの生命活動を維持する為の一部というか、そんなようなもので。

ステージの上に立つ五関さんを観ることが、そこで生きている五関晃一というひとに頭からなにから全てを真っ白にされてしまうことが、この先生きていくうえで必要になってしまったということで。

 

いつか道が途切れて今度こそ奈落へ落ちたとき、底はきっと海だろうと思う。暗闇にひと筋の光があって、そこではスターダンサーが踊り続けている。ヴァイオリンの音が聞こえるそこでなら、漸く足を止める事が出来ると思うのだ。

それまでは五関さんの立つステージがある場所へ、わたしはこの道を歩き続けるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルカイックスマイルとは、無表情にも拘らず口元に笑みをたたえたような表情のこと。

五関さんがダンスの狭間に見せる確信的ではないあの微笑みは、きっとそれに違いないと思い続けている。

 

原点回帰


2016年のいつ頃からかはわからないけど、わたしはジャニオタであることに疲れていた。
ジャニオタです、と思って口にもし始めたのは一体いつ頃からなんだろうか?
少なくともその頃から10年以上は経っているわけだけど「なーーんか、楽しいけど疲れちゃうんだよな~~」って思い始めたのは、2016年のこと。

原因不明の疲労感、この疲れちゃったな、という感情はどこから来ているのか?何が要因なのか?
考えて突き詰めてみれば解決するかもしれない、と思ってちょっと本気出して自分の疲労感と向き合ってみた。


まず、わたしが感じている疲労、というか「なんか疲れちゃう」と思うのはどんな時か。

 

・番組出演などがあった時
・雑誌の発売日から数日間
・リリースがある時
・舞台やコンサートの発表があった時

 

大まかにだけど、こんな時である。
全てに疲れると思うわけではない。なんでかというと、この四項目って今までだったら「えー嬉しい!やったー!」って思うことだからだ。

今でも「嬉しいな」と思うことではある。
ただ、嬉しいの後に、なんだか溜め息が出てしまう。
その溜め息の理由としては、主に金策について。

 

わたしは関ジャニ∞KAT-TUNA.B.C-Zという流れで担当が変わりグループが変わりながら、他にも嵐やV6、NEWSなどにも本命ほどではないが現場に赴いている。

関ジャニ∞が担当だった頃はまだ十代で、大したお金を使えるわけでもなく、コンサートは関東圏で数回が限度。遠征なんてもってのほかで、更にグッズを買えば殆どお金もなかった。でも買える範囲、行ける範囲で十分満足していたから、すごく楽しかった。
丁度メンバーのソロコンとかがある時期で、それが大阪でしかやっていなかったりしたのは寂しかったし、悲しかったけれども。

KAT-TUNへと担当が変わり、十代から二十代へと成長して、使えるお金は少しずつ増えた。CDも気にいる特典がついているものは買っていた。通常盤は欲しい曲があれば買うといった感じで、特に全形態買う!というような意識はなかった。
コンサートはやはり関東圏で、チケットが当たればその分参加し、時には譲ってもらうなどして自分が満足するだけ参加する形だった。それも一ツアーで大体、三回くらい参加するような感じだったように記憶している。
雑誌は元々全部買うタイプでもなく、気に入ったビジュアルのものや、記事に興味があるものを選んで買っていた。だから、買わない月もあった。

KAT-TUN担だった年月のうち最後の二、三年の間にTwitterを始めた。
沢山の人の考えや応援スタイルを見聞きし、そのなかで仲良くなった人もいた。

初めて遠征というものをしたのは2014年、二十代も半ばに近づいた頃。
金銭的には余裕があるとはいえないけど、カツカツでもなかった。多少、他を我慢すればいい程度だった。


わたしがKAT-TUNを離れようと思ったのは、KAT-TUNのシングルが一位を取れないのでは?となったあたりから。フォローしている人もしていない人もCDを多量買いしていて、驚いた。
更には多量買いを推奨する人も居た。これにも驚いた。

今までは、欲しいと思えば全種類買っていたけど、そうじゃない時は選んで買っていた。初回だけしか買わないことも随分あった。
でも、そんな雰囲気をみてわたしは初めて最初から選ぶことなく全種類買った。複数買い、多量買いではないが、それでも自分の中では今までと違う購入の仕方だった。

それから次のシングルもまた、一位を取れないのではという危機らしかった。
わたしは、また前のような買い方するのは嫌だなと思ったけれど、やっぱり全種類予約して買った。

結局は自分の意思で購入に踏み切ったわけで、多量買いしている人も複数買いしている人も、それを推奨している人も悪いとは思わない。
でも、わたしは嫌だった。KAT-TUNのシングルを買うことが楽しみではなくなった。まるで義務か、ノルマのようだった。
結果としてKAT-TUNのシングル一位という記録は守られたが、わたしはそれを手放しに喜べなかった。


応援するって、そんな気持ちじゃなきゃ出来ないことなのか?と思った。

 

一位を取り続け、記録を更新するためにわたしはKAT-TUNのシングルを沢山買いたいとは思えなかった、って事なんだと思う。
今までずっと、どんな曲なのかとか特典をみることだとか、楽しみだなーって思いながらシングル発売を待っていたのに、それだけじゃない色々を見て知って、自分にはそんなふうに応援出来るだけの力がない、つまり金銭の余裕がない事を知って、疲れていった。

そして、なんだかんだオタク友達と上手くいかない事があったりもしてKAT-TUNから離れた。
離れたら気持ちが軽くなったし、これで心機一転新しい担当グループを応援していけたらなと思っていた。


A.B.C-Z担になり、五関さんを担当として過ごし始めた矢先、田口が辞める事を知って。

わたしはKAT-TUNの脱退を二度経験していたにもかかわらず、田口だけは絶対に、死ぬまでKAT-TUNでいてくれると根拠もないのに信じていて。
元々田口担だったから、田口がどれだけKAT-TUNを好きだって言ってきたかも聞いてたし、観てきた。

絶対なんてないのだという事を知り、新しい居場所として得たA.B.C-Zにも、五関さんにも不安が芽生えてしまった。
その不安は消える事なくずっと心の中にある。

 


A.B.C-Zが初のCDシングルを出すという場面でわたしはA.B.C-Zの担当になったのだけど、あんなにKAT-TUNが一位を逃してしまえば楽になるのに…なんて考えていた事を忘れたかのように、純粋にA.B.C-Zの初のCDシングルが一位をとれたらいいなぁと思った。


でも、どこにでも販売促進の人はいるもので。


シングルを楽しみに待つ気持ちを自分で保てなくなっているなと思うようになった。
売れた方がいいのも、買った方がいいのもわかるけれど、なんとなく、前の疲労感を残したままだったせいかここでもやっぱり「いっぱい買うことがファン」という感じなのかなって思ってしまった。


A.B.C-Zは舞台の仕事が多いので舞台に行く機会が多くなった。
舞台のチケットは高い。コンサートが主な現場だったわたしには衝撃的なくらい高かった。
でも、舞台はコンサートよりも断然長い期間やっているので、チケットさえ取れれば、というかお金さえあればそれこそ一ヶ月のうちに何度も行くことが出来る。

ファンになりたてだったし、その機会も多く得られたので、わたしはその時手にしていたお金のほとんどを使ってABC座に行った。

ABC座が終わってもジャニワがあり、個人の舞台があり、その全てのチケットはコンサートのそれよりも高く、気付いたらいつもいつも金欠でカツカツになっていた。

自分にかけるお金を減らし、日々を切り詰めて金策をたて、そうして2016年が終わった。

A.B.C-Zのコンサートは全部で6公演。舞台はその倍以上あった。

 

2016年の半ば頃から、少しずつ、楽しいの中に疲れたが混じってきて。年末にかけて仕事が忙しくなって、オタク事以外でも疲れていた。
一生懸命働いても、余裕は出来ない。常に次の振込のことを考えている。
会報も雑誌も読めてない、出演番組は録画予約して暫く経ってからやっとみる、という始末。

オタクとしての自分を見て、そうじゃない自分が「本当にこれで良いのかな、このままで良いのかな?」って思い始めた。

オタクなんて大体お金がないものだと思うけど、本当に色々我慢していて、それで良いのかな?って思うことがとにかく多くなった。


多分、わたしの場合は「応援の仕方が身の丈に合ってなかった」んだと思う。
お金さえあれば毎日でも好きなアイドルを観に行ける、その環境に目が眩んでいたというか、他の事が目に入らないくらい観に行くことだけに夢中だった。

でも、二十代も半ばを過ぎて、大した貯金もなくて、自分にかけるお金はガンガン削ってて、普段はA.B.C-Zを見ている時以外ずっとお金をどうしようか考えている、という生活を約一年間していて、単純に滅茶苦茶疲労してしまったんである。

今までの応援ペースを簡単に見失って、テンポ感も狂って、金銭感覚も狂ってた。
もちろん観たいから行っていたんだけど、多ステをする事が当たり前だと何故か思ってしまっていた。
行ったどの現場にも後悔はないけど、これから先も同じようにすることは不可能なんだなと自分の疲れ具合からわかった次第です。

 

まあーーーーとにかく、お金がない!


お金がないと、なんとなく余裕もなくて、欲しいなぁって思ったものも我慢しなきゃいけないことの方が多くなって。
自分のペースってどんなだったかな?って思い出せなくなるところだった。

 

  • リリースされたものは「欲しい!」と思う数を買うこと。
  • 無理をして「多めに買おう!」と思わないこと。
  • 何よりそのリリースされるものを楽しみに思えるように。
  • この先も、多分そんなにすぐに変わるわけじゃないから。
  • 舞台がある時は、どれだけ観たいかをあらかじめ予定を立てて、無理してまで日数を増やさないこと。
  • 自担である五関さんをやっぱり一番に力を入れて応援したいから、ある程度他を抑える努力をすること。
  • 観ることができる機会を、大事にすること。
  • コンサートは、一番好きな現場だから出来る限り行きたい!
  • でも、無茶な遠征を詰め込んだりしないこと。
  • グッズは、使えるものだけを考えて買うこと。
  • 雑誌は気に入ったビジュアル・テーマ・テキストがあるものだけ購入すること。でも、基本的には買わないスタンスでいくこと。

 

もう一度、楽しいと思いながらジャニオタをやりたいから。
周りとかと比べず、自分の身の丈にあった応援をしていきたいな。


これは余談だけど、1月の中旬、中学生の頃からずーっと一番好きなバンド、アジカンのライブに行きました。
去年も一昨年も、金欠だからいくのを諦めたことを後悔していて。一回でもいけばよかった、って後から何度も思った。
ジャニーズだけに絞って必死になって、こういう他に好きなものを疎かにしていたらダメだなーと思い。
武道館公演の、たった一回だけだったけれど本当に行って良かった!って感じたから。これからは、そうやって他も色々と我慢しないでやりたい、やれるようにしたい!

わたしは年の割には稼いでないから、周りと比べたらお金をかけられないダメな方のオタクなのかもしれないけど、自分のペースで、身の丈にあった、無理のないオタクになろうと思います。


めちゃくちゃ頑張ってチケット取りや遠征に力を入れた五関さんの出演舞台、シェイクスピア物語を全て観終わったら暫く燃え尽きてしまいそうだから、reboot!!!のリリースまで少しずつ気持ちをもちなおせたらいいなーと思う次第です。

 

 

希望に向かう背へ


わたしはVが好きだ。

 

曲調が単に好みだということがまずその理由。
戸塚さんのソロ曲って、もうドラマで叫んでるイメージしかなくて。ドラマは曲として凄く好きだったけれど、演出というか、それは個人的には全く好みではなくて逆に好感が持てるくらいだったんだけども。
Vを初めて聴いたとき、あまりにもその音が心地良くて驚いた。
戸塚さんの歌い方も、声に表情が出ているように感じて。これがコンサートで可視化されるのがとてもとても楽しみになった。

元からどんな曲でも歌詞は一番最後に、後回しになってしまいがちで。音として聴いていて楽しいかそうでないか、がわたしが音楽に対して好き嫌いを判断するものになるから。だから、今回のアルバムでぶっちぎりに好きな音をしていたVだからこそ、一番最後に歌詞を見た。

歌詞を読んだときは「なるほどこんな事を歌っていたのか」と思った。戸塚さんの中のかつての澱が、良い風に昇華された曲なのかなぁ…みたいな薄い感想しか抱けなかった。
歌詞を重要視するより、曲のテンポや音の心地よさばかりを気にしていたように思う。


コンサートでのパフォーマンスを観て、ようやくその歌詞がじんわり沁みてきたような気がする。
ギターを持って出てきたのを見た瞬間は、もしかするとギターでの演奏での披露なのかな?と思った。正直に言うと、それはあんまり望んでいなかったから、ちょっとだけ気落ちしたかもしれない。
でも、歌い出しを聴いて、ライトがステージを舐めるようにして空へ放たれて、まっすぐに会場を照らして。
戸塚さんがギターを置いた。
あの、大好きなイントロが流れてきて、ああVはやっぱりこれだと思った。

戸塚さんがステージの上で間違いなく主役としてVを歌いながら踊っていた。本当に表情が楽しげで、つられてわたしも笑った。でも、会場で大きな音で聴く音は普段ウォークマンで耳に流していたそれよりもずっと切なくて、でも歌う、踊る戸塚さんを見ながらだと普段聴いているよりずっと楽しくて。
不思議だなぁと思った。戸塚さんの曲は生きているなぁと感じた。


その時代をリアルタイムで追いかけていなくとも、語る言葉を聞けば、読めば、戸塚さんが思うジャニーズ人生はきっと楽しいだけではなかったんだと思う。
楽しいだけではないその、悔しさとか、羨望だとかを、燻らせていたこともあったかと思う。

30代への道を歩いているなかで、今年それが一番良い方法で、最善のやり方で消化出来て、それがVになったんじゃないかなぁ、なんてことを漠然と感じた。

戸塚さんという人を、なんとなくだけど、弱みを見せたくない人なのかなと思っていた。
どんなに痛くても痛みを見せたくないというような。傷があっても平気な顔をしていそうだ、とか。
見せないというポリシーを格好良いものとしている、というか。言葉にするのは難しいなぁ。

ドラマを聴いたら、まだその思考の真っ最中だったように思える。
Vは、間違いなくそこから一皮向けている、脱皮して新しい姿で羽ばたこうとしているその様だと思えたんだ。


わたしは若い時に凄く辛い事ばっかりあって、思い悩んで、肩の力入りまくりで、視野が物凄く狭かった。
今日駄目だったらずっと人生駄目なまま、みたいな極端な思考だった。明日があるから、なんて気楽なこと言ってられないって思い込んでいた。

20代を少し過ぎたあたりから、なんとなくふっと視野が広くなった気がして、そこからは一気に楽になった。
自分のこと許せないところばかりで、嫌いだと思っていた。だけど、不意にそういう自分もなんとなく許せて、そうしたら嫌いだと思っていた部分を好きになってきた。

勿論まだ全部を許せたわけではないし、全部を好きになれたわけじゃないんだけども。


Vを聴いて歌詞を読んだ時に感じたのは、自分がそうやって気持ちの変化があった時のような感覚で。
だから、良い意味で、戸塚さんは過去の自分を許して、好きになれたのかなぁと。
そういう自分をありのまま歌ったのかな、と。


わたしはその辛かった時期に一人だったけれど、戸塚さんにはその時は見えていなかったかもしれないけれどこれからも前を一緒に向いていけるメンバーがいるから。
だから、きっと大丈夫だ!って。それが希望なのは自分一人だけではないんだってわかったんだ、って事に聞こえるから。

自分云々は別においてもVは良い曲だ。春の浮かれた気分と強い風にも、夏の照りつく陽射しと汗の匂いにも、秋の夕暮れと散歩道にも、冬の凍てついた空気と澄んだ高い空にも合う、いつ聴いてもきっとその時々に色々なことを感じることが出来ると思う。
どんな時期に聴いても、きっと自分を少しだけ優しく許して、力強く前を向くことを促してくれる曲だと思ってる。

わたしにとって今年出逢った新しい曲で一番好きな曲だと思うし、戸塚さんの29歳から30歳に続く道のりの中できらきら輝く通過点を美しく切り取った曲だ。


イントロからずっと少しだけ泣きたくなるような音を含んだVが、戸塚さんの声で揺らぐことない希望で締め括られ、跡を濁さないというように空を仰ぐように終わる、そんなところが好きだ!

 


戸塚さん、30歳の誕生日おめでとうございます。
30歳の視野に広がる世界が、美しく楽しいものでありますように!

 

 

君がため 惜しからざりし命さへ 長くもがなと思ひけるかな

ハシツアーズも感謝祭もSLT大阪もABC座もなーーーんにも消化出来てなくて、やっぱり上からガンガン詰め込まれて苦しい!って感じなので思ったことをとりあえずSLTの発売日までつらつら書いてみる。本当はゆっくり一つ一つ味わいたいんだけれど上から詰め込まれ過ぎて改めて反芻するのすらちょっと大変なんだよねコレが。ああやっぱりメモとか取っておけば良かったのかな~~!?これが後の祭りってやつなんですね、勉強になりました。


SLT代々木は発売されるし、まあ8月の頭のことだし、サックリは書いたからこれは割愛。

…って、ハシツアーズに関しては初日の次の日に観に行ったんだけれども、よく考えたらSLT代々木より前だったんだよね!うわーびっくり!!そうだったハシツアーズのが先だったよ!


ハシツアーズといえば、印象的だったのはSLTの曲をいち早くはしちゃん一人でのパフォーマンスで観れたこと!!
その数日後に五人揃ってのパフォーマンスをコンサートで観ることになるんだけど、それを前以て理解していてもすごく良かった。一人でも五人の曲をここまでやれるんだ!みたいな。
去年のソロコンサートを観に行けていないから比較出来るものがないんだけども、はしちゃんが一人で五人の曲をやると、なんだか色が全然変わって見えるというか。Fantastic Rideなんかはまさにそれで、五人だと色気の他にも茶目っ気があるように感じたんだけれど、はしちゃん一人でやるとなんかクラブに来ちゃったかな!?みたいな雰囲気のある仕上がりになっていて、凄いな…はしちゃんの持つ空気感でこうなるんだろうなと、驚いたものでした。

One by one~Dance!~ヘイジーラブの流れとか、毎公演涎が出るんじゃないかってくらいテンションが上がったし、わたしが見たい橋本良亮くんはこっちの雰囲気だなー!と思ったものです。バラードも好きなんだけど、はしちゃんの声でテンポの良いダンスミュージック歌われたらブチ上がるしかないでしょうに!!
といいつつも、Naturayとか聴き入っちゃったな。ダンスがまた、マイクスタンドを使うものになっていて凄く格好良かった。
一番好きだったのは先ほど書いた流れのところだったんだけれど、DJコーナーはもう堪らなかった!!はしちゃんとみんなで踊ろうのコーナー♪みたいな感じで手振りをやるんだけど、A.B.C-Zの曲がクラブ風にアレンジされているのが凄く好きで!!はしちゃんと手振りをやりながら音楽にアガって、ひらひら舞う色とりどりの銀テ吹雪がもう最高だった。しかも、そこからCrazy about youに続く流れがもう…もうね…素晴らしかった。
はしちゃんの雰囲気や体躯を活かしたザ・ジャニーズ!って感じの衣装をいっぱい作ってもらえた!っていうのもハシツアーズの見所だったなぁ。
五関担としては、五関さんの振り付けだな〜って感じる部分とかを見つけて楽しんだりするところもあったりして。
ハシツアーズ、とても好きだったけれど、もし次にはしちゃんのソロコンがあるなら五関さんに限らずメンバーの意見とかを取り入れずにはしちゃん一人で考えて練った世界観が観たいなぁと思った。はしちゃんの内面から溢れたものを真っ直ぐ観てみたいから。

個人的には、はしちゃんのファンの方とはしちゃんの触れ合いが可愛くて可愛くて仕方なくて、アリーナをぐるっと回りながら歌う時とか眺めては幸せな気分になりました。お互い大好きなんだな…かわいいな…って。ファンサする方もされる方も可愛くて、なんかこっちまで幸せになるからはしちゃんと橋本担が好きです、わたし。
そして橋リカちゃん、塚リカちゃん、ごせ子を何故かハシツアーズでコンプリートした。執念の勝利だと思う。ごせ子出てきた時ちょっと泣いた…
スポブラにTシャツの裾をしまい込んで腹を出す…というズボラごせ子だったのが面白かった。


さてお次の感謝祭。

 

感謝祭という名のイベントに行ってきました。初仙台がまさかコンサートでも旅行でもなく、ファンミだとは!
今迄の自分だったら、こうやってわざわざ足を伸ばしてまでファンミとかに行こう!とそもそも思わなかったと思うので、改めてA.B.C-Zってなんだか自分にとっては特別なんだなぁと思った次第です。
あまり天気も良くなかったですが、初めてのファンミ、初めての仙台、どっちも緊張でいっぱいのまま東京を出発しました。


新幹線に乗りながら「これから五関さんとはしちゃんと戸塚さんを間近に見てしまうんだなぁ…」と思い、なんというかジャニオタ人生それなりに長いけれどこうした接触するようなイベントとかには参加した試しがなく、想像しようにもぼや〜っとしか思い浮かべる事が出来ず、とにかく実感がわきませんでした。


名古屋での感謝祭のレポをツイッターで流れてくるままに読みながら、どうやら握手する時間があるというとんでもない情報を得てしまい。
五関さんと握手してどうなるのか?どうなってしまうのか?そもそも握手なんて出来るのか!?と、その時点で約一カ月後ぐらいだった仙台の感謝祭に向けてハラハラの日々だった訳です。

五関さんに言いたい事ってなんだろう?

それが何より一番困るというか、なんて言ったらいいんだろうってひたすら考えていて。
五関さんの事がとても、大好きで。言うまでもなく一方通行だったその気持ちを、伝えるチャンスが降ってきてしまって。いざ「好きです」と伝えるにも、覚悟やらがいるんだなぁと思い知りました。

五関さんに言いたい事は、ひとまず何より好きなところを伝える、って事に落ち着いて。
一番好きなところを伝えて、そしてもう一つ五関さんの大好きなポイントに、触れられたら嬉しいな…なんて大それた事を考えてしまっていました。

その大好きなポイントというのが腕毛だった訳です。
見えたら嬉しくて、五関さん自身のことと同じくらい五関さんの腕毛についてよく考えてしまうくらい大好きで。
ほんの少しで構わないから、サッとで全然構わないから、腕毛に触らせていただけないかなー…なんて…
五関さんの体毛が好きで好きで堪らないわたしの、一生に一度しかないようなこんなチャンスで、例え「いや、無理」って言われたとしてもチャレンジしなかったら後から絶対に後悔する!と思ったので、密かに”作戦名〜腕毛アタック〜”を心に秘めながら、漸く仙台へと到着した訳であります。

 

さてこの感謝祭、席がありまして。
なんというか幸運なことに、ここで今年の運を全て使い果たしてしまったんではないのか!?ってくらいに良い席を頂きまして。
真ん中の方の席だったのですが、ステージが近くて、なんていうかこう…み、見下ろされる…みたいな…。こんな幸運あるのか!?という感じのお席でした。

会場に入ると、A.B.C-Zの色んな今までのMVが流れていて。左右にはSTAR LINEのロゴマークみたいな星の垂れ幕が下がっていました。
首が痛くなるくらい見上げる席ではありましたが、もう近くて近くて、どうしていいやらさっぱりわからずにソワソワしながら席について、ちょっと立って、座ってTwitterみて…みたいな、とにかく通知表に「落ち着きがない」と書かれてしまいそうなくらい落ち着いていられませんでした。最終的には座って、首をやや痛めながらMVを観ていて。

ああ、今からあそこに五関さんとはしちゃんと戸塚さんが…

と思ってはまたソワソワして…。会場にいるファンに向けてスタッフさんからのアナウンスが流れると神妙になって聞き入って、目だけはMVを凝視して…なんてやっていたら、前説?みたいな方が出ていらっしゃったので拍手で出迎えると、なんと拍手の練習は無しでオッケーに!確かに、みんな知ってたの!?ってくらいに拍手が盛大だった。えび担すごい。

前説の方が「それではどうぞ〜!(曖昧)」と促して、遂に遂に、五関さんとはしちゃんと戸塚さんがステージに登場した訳です!!
感謝祭の内容はメモなんか取れる訳もなくハッキリと覚えていないので自分が覚えていた部分だけザッと書いておきます。


五関さんは白のオーバーサイズのTシャツの上に同じくらいぶかぶかのダメージ加工されている白のニット。白だけどオフホワイトみたいな感じではなくて、何方かと言えば生成りっぽい感じかな…?裾からチラチラと白Tシャツが覗くのがなんだかエロい。肩のラインがはっきりくっきりわかるのがなんかもう酷い、いっそ酷いくらいに格好良い。
ボトムは黒のスキニーで、こちらもダメージ加工されているもの。泣ける話をすると五関さんはスキニーパンツが余るほど痩せてた。脚が細すぎてスキニーが負けてた。普通、スキニーって勝負とかしてないけど、スキニーvs五関の脚という戦いにおいて圧倒的に五関さんが勝っていた。恐ろしいまでの脚の細さ。
そしてスッピン。あからさまなスッピン。またはノーメイク。素のままの五関さん。肌が少し荒れていて、忙しいのかなぁ食生活が不安定なのかなぁ…寝れ…てはいるだろうなぁ…といった感じ。ほうれい線がクッキリで、尚且つ頰が痩けていて、総括するとめっちゃ痩せてた。そりゃ自分で太りたい!って言うよねってくらいに痩せてた。

 

あと大事なことなんですけど、五関さんの腕毛が綺麗さっぱり無くなっていました。腕毛だけじゃなくて指毛も無くなってた。恐怖。

 

前述したとおり、わたしは腕毛に触らせて頂けないかなぁ…あの大好きな腕毛に…って思い、思い詰めながら仙台まで来たので、五関さんが着ているニットが肘くらいまでの袖だったのを見た瞬間は「やった!触れないにしろ、間近で見ることは出来る!」って喜んだんです。待ちに待った五関さんの姿に手が痛くなるくらいに拍手をしながら、ライトの下にくる五関さんを見て、ふと、気付きました。

 

五関さんの腕に毛が生えてない

 

それに気づいた瞬間頭の中が真っ白になってしまって、登場の時のはしちゃんと戸塚さんの事を全く覚えてないのが不覚ではありますが。
とにかくもう恐ろしいまでのつるつる加減に真っ青になり、なんなら会えた嬉しさよりも腕毛がないショックで泣きそうになりながら(というかすいません泣いてました)波乱の感謝祭がスタートしたのです。

 

五関さんは普段はどちらかといえば自分から喋り出す方ではないし、話を回すタイプでもないので、果たしてどうなるやら…とややハラハラする気持ちもあったのですが、完全に杞憂でした。五関さん、すごい楽しそうに喋っていてわたしもすごく楽しかったです。
トークやコーナーをはしちゃんが回してくれているのを微笑ましくサポートしていて、戸塚さんがテンション上がってはしゃぐのを笑いながら窘めていて、なんていうかお兄ちゃんしてるな〜〜!!!!って感じでした。

レポみたいなのは全く出来ないくらい普通に楽しんでしまったのですが。

 

大縄跳びで縄を回す人になったときに縄の端っこが多少剥き出しの紐っぽくなっていたのか、その端っこの部分がニットのダメージ加工の部分に引っかかってしまって。(笑)
わたわたしながらそれを外して、加工の部分をたしーん!って叩いていたのが一番可愛い五関さんでした。


叩いても直らないよ!

 

洋服をどこで買ったか聞かれて半笑いで「おようふくやさんでーす」って答えていた五関さんは完全におふざけスイッチ入れていたし…

 

 

そんなこんなでアッ

 

 

という間に握手だよのコーナーが来てしまって、本当にあるんだ…って怯えて、最前列にいてしまったもんだから即握手列に並ばされて、なんだ…?今から屠殺されるの…?ってくらい顔が真っ青になってて、血の気が引いて指先の感覚がなくなってめちゃくちゃ焦りました。

はしちゃんは「ハイタッチみたいにサッと終わるやつじゃない、ちゃんと握手だから」(意訳)的な事を言っていたけど、ごめんそれ逆効果だ。
握手会ってどこでやるの?って思ってたら会場を出てすぐのロビーから出口まで一直線に並ぶ感じになってて、えっこんな普通にロビー的なところなんだ…って吃驚しました。
なんかもっとちゃんと(?)した列的なものがあるんじゃないのかよ!剥き出しかよ!って思いながら進んだら三人が見えて心臓が止まりそうになった。気分はさしずめ死刑囚。あそこ行ったらわたし死ぬ。わかってるのに列は進む。もともと大して前に人がいなかったから、体感よりもっと早かったとは思う。

さあ次がわたしの番、となってはしちゃんの目の前に立った瞬間に全ての言葉を忘れた。あまりの可愛さと手のあったかさで。あの時氷のように冷たかったであろうわたしの手をしっかり握ってくれてありがとう…顔面はどうにもならないけど手がもっと可愛けりゃよかったのにとコンマ1秒で後悔した。はしちゃん可愛かった。わたしが波打ちバングルつけていたの気付いて、ハッ!として「これ、これね〜おれ!おれだよ!おれの〜〜」って駄々っ子みたいな声で言ってくれたの可愛すぎて大変だった。おれが作ったんだよって言いたかったんだろうけど、オレオレ詐欺みたいになってたのも可愛かった。剥がしのお姉さんに次行けされてるのに、カレンダーのおまけのシュシュまで発見してくれて「!!これも!おれ!」って言ってて手を離してくれなかったの忘れないよ…風前の灯火になってた命が完全に吹き消されたよね。

 

(話の順番前後してわかりづらいけど)戸塚さんは五関さんの次だったから、もう本当に申し訳ないけど言おうかなと思ってたことが全部吹っ飛んだ状態で、前の子を見送ってからアメリカンな感じで(?)手を差し伸べてくれた戸塚さんの手を握力2くらいの力で握ることしか出来なくて、今思い出してもちゃんと考えてきたことが言えなかったのダメじゃんって頭まで布団被りたくなるんだけど。
戸塚さんからぎゅっと手を握り返してくれたことで我に返って「アノ、ソロ、V、好キデス」ってめちゃくちゃカチカチになった状態で言った。今でもこの時Vのこと言えて本当よかった!って布団から飛び出すテンションで思う。
何故かというと、それを伝えた時に一瞬驚いた顔をしてから、嬉しそうに笑ってくれたんだよね、戸塚さんは。で、その笑顔のまま「ありがとう」って言ってくれたから、ああ良かった…ってホッとした。アルバムのなかでも聴いてます!(?)って言ったあたりで剥がしのお姉さんに促されたので手を離そうとしたら「聴いてね!」っていい笑顔の戸塚さんにサムズアップしていただいて。いや聴いてるよ…?だから好きって言ったんだよ…?って首を捻りながら会場を出ました。

 

会場を出た瞬間にさっきの五関さんの事を思い出して震えが止まらなくなって友達に電話して声聞いた瞬間に号泣かましたのも良い思い出です……(遠い目)

 

五関さんとの握手の時は本当に本当に声が震えて仕方なくて、多分手も震えてて、もう目の前にいるのにそれが信じられなくて、どうしていいかわからなくてガクガクしながら手を差し出したら五関さんも手を出してくれて、なんか側から見たら何してんだよwwwって感じだったと思うんだけど、まあそんなこんなで、言おうと思ってた事はちゃんと言えました。良かった。人生で一番声にビブラートかかってたと思うから五関さんが聞き取れていたかはわからないけど、聞き取れていたと信じている!!!

言った言葉はもう思い出すだけで悶絶必死だから書かないけども。五関さんと握手してる最中も五関さんのつるつるの腕が目に入ると「う、腕毛がない…(泣)」ってなっていたことと、当初のほんの少しでもあの大好きな腕毛に触れられたらいいなぁ…的な望みがバッサリ切り捨てられてしまったショックもあり、何を思ったか今となっては本当に自分でも全くわからないんだけど、五関さんに

 

「だめだったら良いんですけど前髪に触らせてもらえませんか…」

 

ってお願いをしていたんですよねわたしは。なーーーーーーにを言ってんだってセルフツッコミする余裕もなく、多分さっきより顔面蒼白通り越して死相が出ていたんじゃないかって顔してましたねわたしは。

こんなこと言われた五関さんは「意外なこと言われた」的な面白がる顔して笑って

 

「ん?…いいよ」

 

ってね!!!!?顔を傾けて前髪をちょろ〜んとわたしの前に出してくれたんですよ意味わからん!!!!!仏か?!本当に何させてんだろうわたしまじでタイムマシンあったらあの時のわたしの思考回路覗きに行きたいなんで前髪にいっちゃったんだよーーーーーーーー!!!!

で、触らせてくださいって言ったら普通は指先でそっと触れるくらいだとわかってるんだけど、前髪の出され方がちょろ〜んって…なってたから…何を思ったかわたしはその前髪の先っぽ(?)をそっ…と握ってしまって今思い出しても自己嫌悪が激しくてもうだめ死ぬって感じなんですけど五関さんは我慢出来ない感じで笑ってたから平謝りしたわたしのことを許してくれていたんだって信じてるよ…信じてます…(2回目)

すいませんとごめんなさいを早口で繰り返すわたしにいいよ〜(笑)って返してくれたあたりで確かお姉さんに剥がされたんだけど、五関さんの時だけはしちゃん戸塚さんに比べて時間が長かったような気がする…全身くまなく青だったからお姉さん気を使ってくれたのかな…?


五関さんの体毛が好きで好きで、もう焦がれてやまなかった体毛のなかでも大好きな毛髪に触れられて、なんていうか五関さんには感謝しかない。腕毛がなかったショックの反動が大き過ぎたなって今でも思います。
大事なことだから書き記しておきたいのは、五関さんの前髪の感触は干し藁握った感触に近かったってこと。ノーセットヘアーで良かった…。


仙台に行ったのに牛タンを全く食べずにずんだシェイク二回飲んだ事も良い思い出です。

 


続いてSLT大阪!!

既にめちゃくちゃ長い文章になってて心折れそうだけど振り返らなきゃ容量あかないから仕方ない。

大阪に行ったのは人生で2回目、前回もそういえば一人で行ったなぁ。
夜行バスでのんびりのんびり向かって朝には着いて、化粧してグッズ並んで大阪の波打ちバングルをゲット。
金になってる〜〜わたしは金の方が好き〜〜!って金を早速着ける。
代々木でも買ったけど五関さんのうちわをもう一枚買う。改めて眺めてもまあ〜〜格好よい。でもコンサート中使わないんだけどね…
大阪に向けて、代々木の為に作ったうちわにさらに追加してもう一枚うちわを作製したんですよね。ファンサうちわはやっぱり持てないなと思って、ファンレターうちわを。
感謝祭でも伝えた言葉を書いた面を表に、裏面は五関さんにあなたが一番!と伝えたい意を。
ただやっぱり恥ずかしくて(笑)基本的には名前うちわを持ってた。

大阪初日、オープニングで戸塚さんが髪を切っていて「!!!!!!」ってなった。たまたま戸塚さん側だったから五関さんより先に視界に入ったんだけど、目にした瞬間可愛さで叫んだ。隣の友達の肩揺さぶって「とっつー!髪!切ってるううう!」って叫んだような気がする。どうだったかな…もしこの記憶が正しければ本当にごめん…でもちょっと正気を失うくらい可愛かった。
五関さんは相変わらずダンシング五関先生の振り付けをやってた。可愛かった。それ絶対やるよね…頑なに同一視されることを拒んでいるのにそういうとこあるよね…

 

二日目の昼がやっとバクステ側だったんだけど、ここで初めて五関さんのソロを正面から観れました。代々木で観た時には、正直なんでこの会場でこの演出なんだろうって思った部分もあって、勿体無いな…っていうのがまず感想としてあったから。だから、バクステ側で観た時に五関さんがどういうことをやりたかったのかがわかったような気がして、嬉しくて、そしてその演出がすごく良いものだと思えて、イントロというか五関さんが息を吸って歌い出す瞬間にぶわっと鳥肌が立って涙が出てきました。いやぁ…なんていうか…あのソロ曲だったらもっとキザったらしい演出を持ってくるんじゃないかなと思っていたから、最初は意外に感じたんだけど、正面から観ると全然違うというか…曲としての盛り上げ方に注視したのかなって勝手に思った。
物語性みたいなものを予想していたのが良い意味で裏切られて、だからこそこちらの想像力は掻き立てられたよね。

全体的にソロ曲は全員バクステ側で観ることを想定して作られてる感じはあったから、この昼公演が一番観やすかったし良かったです。
大阪城ホールはこのSLTで初めて入ったんだけど、代々木よりセットも演出も活きている感じがしたなぁ。

オーラスはステージを真横から観る!みたいな席だったんだけど、コンサート全公演を通しての見えていなかった部分、みたいなところを全部見れちゃうような席で良かったなぁ。
ジュニアがどうバックについてるのかとか、どのタイミングで出てきてるのか、とかオーラスまで全然見れてなかったもん…
FaFで五関さんのヘッドセットがごちゃってなって、一旦外して付け直して振り返ったら自分のパートにドンピシャのタイミングで歌い出す、みたいな神業も観れたし…!!
これが場数踏んできた人の貫禄なのかな…みたいな、本当に真横からじゃなきゃ見れない景色がいっぱいあって楽しかった!
大阪のために作っていった激重ファンレターうちわは見事五関さんによって報われてくれて、作って良かったなぁと思いました。

コンサート全公演が終了して、その後「五関さんって本当に最高で最高で凄くない?」みたいな語彙力は城ホに置いてきたトークが出来たのも楽しかったなあ。


大阪から帰ってきたのが3日。
その2日後、ABC座。


いやいやいやいや。A.B.C-Z体力バカかよ。
というか切り替え力はんぱないな!?

運が良く初日公演を観劇出来ることになったんだけど、まあ〜〜〜〜〜〜すんごい泣いた。桂馬さんの殺陣シーンが始まったあたりからずっと泣いてた。人間こんな泣けるんだ!?って思った。

 

「やっぱ俺、将棋好きだわ!」

 

とキャタナに立ち向かってゆく背中といい、応援屋メンバーの気持ちを受け取るあの決意に満ちた表情といい、苦悶しながらも戦う姿勢を崩さないさま、桂馬で王手をかけるあの瞬間。

 

「この瞬間のために、俺は生きてきたんだ!」

 

というあのセリフ。あのセリフはもう駄目だった。五関さんのステージに立つ姿がなにより好きだから、そのステージで、勝ち誇りながらスポットライトを浴びて、将棋人生の全てをそこに、その一手に込めるが如くのそのセリフに撃ち抜かれて。

桂馬さんと五関さんが重なって見えて。

 

しかもその瞬間、桂馬さんって笑顔なんだよね。どこまでいっても将棋が好きで、好きなだけではいられないプロになっても華やかさなんてなく地味にただ盤と駒に向き合ってきて、その集大成とばかりに、その瞬間に、笑顔で勝利を掴みとるその姿は本当に格好良くて。
報われない日々もこの瞬間には敵わないというような、清々しい笑顔で。

黒丸桂馬、桂馬で王手!というナレーションの中でガッツポーズを決める桂馬さんは毎回涙で見送っていた。
五関さんじゃなければ桂馬さんは桂馬さんになれなかっただろうと思う。
ステージが五関さんの、桂馬さんの独壇場になるあのシーンがたまらなく好きで、何回観ても慣れることなく新鮮に号泣してた。


えび座中盤から、双眼鏡を構えながらハンカチで口元を隠す方法も編み出した。(笑)

 

25日がわたしの五関担としての一周年で、しかも一番良い席がそこにきてしまって、なんていうかこのタイミングでこんな席が来るとかバレてんのかな…?って思いました。誰に何がバレてんだかわかんないけれども。
初めて双眼鏡無しで全編通して観たのがこの日で、なんというか凄かった。語彙力の欠如…
それまでは双眼鏡を使って観る事ばかりだったから、自分の目だけで全部観れたのが嬉しくて。
ご縁があってセンター席と交換して頂いたから、そりゃあもう桂馬さんを堪能しきりでした。
ショータイムで恐ろしいばかりの僥倖があって、今後も五関さんを応援していくファンでいることを誓いました…未だに思い出すと震えるくらい幸せだったけど終わった後魂抜かれてる感じだったらしいから五関さんは本当に恐ろしい。

26日昼がわたしの楽だったんだけど、桂馬で王手!のあのシーンがゼロズレだったから、近さは25日ほどなかったにしろ素晴らしかった。
桂馬さんを全て観た、って…なんかまだ千秋楽はあったのに、凄く満足してしまって。
最高の場所で、最高の楽を迎えられたからかな。
一つも悔いなくえび座を終われました。

10月はコンサートからえび座の流れで何にもしなくても三キロ痩せたから、五関さんがガリガリになるのも致し方ないよね…。

致し方ないとはいえ、プロテイン飲んでもあのガリガリ具合はそれだけで涙出て来るのでやっぱり沢山食べてよく寝てほしい。

 

続いて公録。ほんともううんざりするくらい長いな!!!!一気に振り返ろうとしたのがバカだったかな!?でもまあ仕方ない続けます。 

 

まずはNACK5の方。
二部まであるうちの一部の方にあたりまして、行ってまいりました。

公開録音ってものに初めて行くから、念入りに必要なもの準備して行く先を調べて…ってやってたら、飯能ってわたしが住んでる場所から二時間もかかるの。往復四時間。もうね、遠征だよ。プチ遠征。
前日に体調をやや崩してしまい不安な気持ちを抱えながら飯能へ。まあ〜〜長かった。

でも長い道のりを乗り越えて行った意味がありました、公開録音。
公開録音ぶんは全てオンエアされたから言うけどNACK5のゴセキ記者、ネクタイをキリッと締めて黒縁眼鏡掛けてて。出てきた瞬間に会場が阿鼻叫喚。わたしも叫んだ。のが、オンエアされてる。恥ずかしい。
塚ちゃんと戸塚さんが割と近い席だったんだけど、塚ちゃんがホラー映画のワンシーンばりにいきなりグリンッて振り向くから何回か心臓止まったよわたしは。その後手を振ってくれたのはラブソースゥイートって感じだったけども。戸塚さんは凝視してくる感じで顔を向けるから申し訳ないけど目線を必死に逸らした。怖かったよ、顔はバツグンに可愛かったけど。
と言いつつも基本五関さんしか見てなかったのでアレなんだけど、反応されたら喜んで、笑いながら喋って、って公開録音を楽しんでいるんだなぁと感じられる姿が見られたので、良かったです。

二部は外周?を回転寿司のレーンに乗るごとく、ぐるぐる回りながら観覧しました。
喋ってる内容とかは本当に断片だったからオンエアを楽しみにすることにして、ただひたすら五関さんを凝視してて。
あれ、いま目が合った?って思ったから何の気なしに手を振ってみたら五関さんも振り返してくれて普通にびっくりしてうわって顔を覆ってしまった…

あれが自分に対してじゃないにしてもめちゃくちゃ嬉しかったしびっくりしたし、五関さんって自分のファン見つけるの大得意で可愛いなと思いました。

 

公開録音、その2はダイヤルABC☆Eでした。
この公開録音の日はわたしの誕生日で、決まったその時は正直この日に公開録音が決まったことを恨みました。
だってコンサートとか、舞台とかならまだ外れても行けるチャンスは残されているけど、公開録音って外れたらもうダメじゃん…なんで公開録音なの…って。
今まで割と長くジャニオタやっているけど、自分の誕生日に好きなアーティストが公演をやった事がなくて。生まれて初めての誕生日公演(?)が公開録音だなんてそりゃないよ!!酷い!絶対行きたい!!(本音はコレ)

結局、A.B.C-ZのFCからのお誕生日プレゼントだったのか見事に当たってくれまして、誕生日にA.B.C-Zに会える!公開録音を観る事ができる!となりました。本当に本当に嬉しかった。

内容はやっぱりオンエアされてるし未公開の部分もあんまりネタバレは良くないらしいから書かないけども。
五関さんが登場した瞬間に「きゃーー!!(髪切ってる〜〜〜〜〜〜!!!!!!)」ってなりました。髪切ってる!の方を叫ばなくて良かった、土壇場で理性が働いた。
桂馬さんの時の長いちりちりが無くなって、綺麗にカットされてセットされた五関さんの御髪は本当に綺麗で、格好良くて。
朝が苦手な筈なのに、よくぞ起きて綺麗にセットしてきてくれましたね…って涙ぐんだり。
まあわたしも4時起きでしたけどね…眠かったし寒かったよ…。

賑やかで距離も近く、エッちゃんさんと仲良く喋ってる五人は可愛くて、エッちゃんさんもめっちゃ可愛くて、あっという間に終わってしまいました。
楽しかったなあ〜と思いながら会う人に祝ってもらったりして、今までで一番幸せな誕生日を過ごせたかもしれない。

公開録音はどちらも楽しかったから、次回があるならまた是非行ってみたい!


…で、濃ゆい下半期だったなぁ…としみじみして。
公開録音から後はきっとカウコンまで五関さんがいる現場は無いだろうし…。なんて、濃過ぎた故に疲労感も半端じゃなくて、まあゆっくりゆっくり消化して次に備えましょう、としていました。

していましたよ。ええ。しばらく遊べるなーとか服買おうーとか思ってました。

ら、戸塚さんの誕生日にそのお知らせは飛び込んできましたね。

シェイクスピア物語 on Twitter: "「シェイクスピア物語」~真実の恋~第一弾出演者情報を発表しました!観月ありささん//五関晃一(A.B.C-Z)さん/藤本隆宏さん/小川菜摘さん/秋野太作さんの出演が決定しました! https://t.co/Us9SBrfjAt #シェイクスピア物語"

 

シェイクスピア物語〜真実の恋〜

 

仰々しいタイトルの後に連なる第一弾出演者発表の文字、そして輝かんばかりにして目に飛び込んできたのが五関晃一(A.B.C-Z)その人の名前でした。

この件についての喜びの声はもう衝動的に書いたから
果報は突然にやってくる - アイラブユーは君だけさ

いいとして。

今年の公演は仕事の都合上恐らく99.9パーセント行けないので、来年までネッドさんはお預けになってしまうわけで。
あまりにも辛くて嘆き悲しんでいたけど、五関さんが頑張っている時間わたしも頑張って仕事する!!って気持ちをなんとかね…切り替えようと…しています。

でも自分が観に行ける公演を大事にしようと思います、本当に。


五関さんの初☆単独出演舞台の決定!!

 

それがこの濃ゆい下半期を彩る最後の幸せな出来事でした。こんなに幸せで良いのかなって思ってしまうくらい。

来月になればSLTも発売されることだし、超突貫で下半期を振り返ってみました。
A.B.C-Zを応援し始めてやっと一年、こんなに怒涛の一年になるとは去年思ってもみなかったなぁ。

お金は貯まらないけど、自分のなかで色々な変化があったりもして。本当に楽しいです、A.B.C-Zを応援するの。

 

五関さんで間違いなかった、わたしは五関さんが好きなんだ、大好きなんだーーー!!!っていっぱい思った一年、今年残り少ないけれど充実させられるかは自分次第だと思うので、頑張りながら楽しみたいと思います。

 

 

 

果報は突然にやってくる

以前はツアーの東京だけ行ってあとはリリースされたものとか雑誌とかをじっくり一口ずつよく噛んで飲み込んで消化して…って1年だったから、そりゃこんないきなりアメリカサイズの食べ物を噛まず飲み込めすぐ次を口に突っ込め、なんて慣れてないし無茶したなぁと思う…

思うに、噛まずに飲み込まなきゃ次の供給が来てしまう!みたいな感じで過ごしたSLT代々木〜橋ソロ〜感謝祭〜SLT大阪〜えび座〜公録だったものだから、なんか消化不良で一つ一つを噛み締められずに瞬く間に過ぎてしまって、楽しかったけど忙しなくて財布もスッカラカンで大変だったなぁ

 

 

なんてツイートしたのはつい数日前の話です。

 

「しばらくは五関さんがいるステージはないだろうし、ゆっくり頭も胃も休めて、消化していく作業をしよう」

 

そう思ったのはつい、昨日のことです。

 

 

ええ、ええ、無理でした!

無理でしたとも!

 

五関さんの読めなさというのは恐ろしいことに性格や行動だけではなく舞い込むお仕事にまで及ぶのでありました。

息をつかせぬ、消化させてたまるものかと言わんばかりにぶち込まれたのは、この記念すべき戸塚さんが30代に突入する良き日に相応しい(?)五関さんの単独出演での舞台のお仕事。

 

 

ここで?!

 

このタイミングで!!?!!?

 

 

嬉しいという感情はお仕事の情報を目にした瞬間には無くて、というより実感がなくて。

とてつもない事が今目の前の文章には書いてあるんだけれど、何度読もうとしても目が滑って、ただただ五関晃一(A.B.C-Z)の文字だけが迫ってきて。

 

一度深呼吸して、落ち着こうとして、頭から読んで。

 

五関さんに舞台の単独出演のお仕事が決まったことを知りました。

 

 

その役柄がスター俳優でダンスも得意って書かれていたのを見て、もう我慢ならずに嗚咽するくらい泣いてしまって馬鹿みたいに嬉しい嬉しい言って跳ね回って、友達と電話しておめでとうって言ってもらって…

一日の始まりにこんなに幸せになるなんて滅多にないことだから、頭がフワッフワのスフレになったみたいに浮かれまくりました。

 

五関さんの単独での舞台出演のお仕事は、初めてで。わたしは去年からしか五関さんをきちんと観てきていないから、もうその機会はすでに終わってしまっていると思っていたから…だから、満を持してとしか言いようのない「五関さんの初めての単独出演舞台」を観に行けるんだ…!って事が、本当に嬉しい。こんな幸せな機会を、五関さんのファンになってまた得られるなんて。

 

わたしは以前好きだったグループの舞台はあんまり観に行っていなくて。それは単純に、コンサートが一番好きな現場だったから。舞台は何となく敷居が高いと思っていて、決まっても積極的に行こうとはしていなかった。

 

今思うと勿体無いことをしたなと思う。だって、コンサートとは違う喜びが舞台観劇にはあったから。

それをA.B.C-Zから、五関さんから教えてもらった。だから、好きになりたての時よりもずっと受け止める容量はある。

 

次に五関さんがステージに立つ姿が観られるのはいつになるだろう。

そうやって、ちょっとだけ寂しくなっていたのは事実で。

いっぱいの供給に溺れていた癖に、はやく新しい五関さんの姿が観たくて堪らなくて。

 

そんな風にわたしがくよくよしているうちに、五関さんがこんな素敵なお知らせを隠し持っていたなんて!

改めて、仕事の発表の仕方まで格好良い五関さんに惚れ直した。

これだから五関さんを応援するのは楽しい!やめられない!

 

 

桂馬さんを見事演じ終えた五関さんが、新たな役を得て、きっとまた素敵な姿を観せてくれるであろう舞台。

期待しかない。

 

 

五関さん、おめでとう。

滝沢さんの振り付けも、舞台も、五関さんなら間違いないものをやり遂げてくれると信じているし、そう信じる事ができる五関さんのファンでいられることを、本当に嬉しく思う。

 

五関さん、ありがとう。

期待しながら、ステージに立つ姿を観に行ける日を指折り数えて楽しみにしています。

 

 

 

一本気野郎を追いかけて

去年、ABC座に呆れるほど通い詰めるたびにブログに自分の観たものを残そうと必死になっていた。

自分がまだどういう立ち方をすればいいのかわからなかったというのが主な理由だった。A.B.C-Zを応援すると決めてすぐにそんなにも彼らを観る機会があった事を良い事としていいのか、わかっていなかった。ただ観たものはすぐに記憶からこぼれていってしまうから。後から見返すことが出来るものを自分に用意しておこうと思ったのだった。

 

だからメモを使用したり、繰り返し観れば記憶も刷り込みのように正確になっていくもので覚えていられる事は、何もしないよりは全然マシだと言えるくらいに「読み物」としてブログであったり、ツイートであったりで残っている。読めば、その時自分がどう考えたか、どう観たかをその時ほど実感できなくともただ一から思い出すよりは良い。

 

 

2015のABC座を必死に書き留めていたから、2016のABC座も同じように書けるものとなんの疑問もなく思っていたし、実際そうして後の自分へ残してやろうと思っていた。

初日に縁あって観劇できる運びとなり、観客として真っさらな状態で日生に向かった。

 

そしてそこで、黒丸桂馬に出逢った。

 

わたしはABC座2016 株式会社応援屋を言葉にして残そうとする事は出来ないとわかった。努力でどうなるものではなかったし、どうこうしようと思うこと自体馬鹿げていた。

 

だって、どう足掻いても桂馬さんを自分の観たまま言葉にする事なんて出来ないのだ。

一度日生の椅子につき、カキンと野球ボールが空に吸い込まれるような音がすれば、その瞬間からただもう舞台から目が離せないのだから。

 

 

まだ公演の真っ最中であるし、わたしも語る言葉を自分のなかに見出せないので桂馬さんに対してもABC座に対しても細々した事を書き連ねることはないけれど。

去年、今年と観ていて思ったことがあったのでそれならば今この時に記しておけるかなぁと思って書くことにした。

 

五関さんは、ステージで俄然生き生きとする。物言わぬ木のような風情で普段はそこにいるのに、ライトが煌々と照らすその下では溢れんばかりの生命力を真っ向からぶつけてくる。

 

桂馬さんというその人は、静かそうに見えても内側は熱く闘志が燃えている。将棋というゲームを詳しく知っているわけではないけれど、劇中のセリフでもあるようにイメージとしては地味だ。

五関さんが棋士というのは驚くほどしっくりきていたけど、その棋士というのをステージ上であんなに見事に演じてみせるとは、五関さんって凄いなぁ…とかここにきてアホみたいな言葉しか出てこないんだけれども、ただただ、その地味でしかなかったイメージをあんなにも覆してしまうのは桂馬さんがビジュアル的に格好良いからというだけでは無いんだと思う。

 

五関さんという人は、去年も同じようにぼんやり感じていたけれども、あんまり演技の最中にイレギュラーな事をしないなぁと思う。

他のメンバーがそれなりに毎公演、違った風にセリフを口にしたり、動きを変えたりするのに対し、五関さんはそういう目新しい動きをしない。

セリフを変えたりするのも、加えたりするのも他メンバーに比べると余りない。ジャニーズでない演者さんに近いように感じた。

そういう五関さんだから、桂馬さんの気持ちの昂りを観ていると凄いなと思うのだ。そういう演技をしているのだから当然かもしれないけど、桂馬さんを観ている最中は五関さんの事を思い出さない。ちょっとした仕草も五関さんではなく桂馬さんなんだ。

演劇のなんたるかとか、演技の上手下手はわたしにはわからない。だから五関さんが上手いのかはわからない。でも、好きだ。自分が五関さんの演じている姿が好きだということはわかる。

バーカウンターにやや傾いだ姿勢で見える背中も、長い脚を伸ばし爪先をトントンと遊ばせているのも、駒を指しては首を振るその仕草ひとつとっても、好ましい。

 

桂馬さんの演技が、ついこないだとは違っていた。先日の観劇での事である。18日と21日では、全く違った。ベースは同じであったけれど、台詞の間だとか、言い回しのニュアンスだとか。それは新しい桂馬さんではなくて、素の桂馬さんに見えた。台詞が詰まってしまう瞬間もあったのだけど、桂馬さんは変わったけど変わっていなくて、そのどちらの面も掛け値無しに好きだった。

 

恐ろしいほど頰の陰が濃くなっていっても、桂馬さんの笑顔は清々しくて眩しい。

鬼気迫る殺陣に涙しても、あの瞬間の笑顔で何もかもまた真っ白だ。

 

五関さんが桂馬さんでいる舞台を、あともう少しだけ観ることができる。どの瞬間も逃したくない。ステージの上で苦悩して、笑顔を浮かべる桂馬さんから目を逸らしたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

ショータイム、A.B.C-Zの五関さんがあまりにも楽しそうで。ああやっぱり、桂馬さんと五関さんは単純なイコールではないのだと、毎公演ハッとするんだ。